Episode No.1060(20020117):ついていい嘘、悪い嘘
正直なのをゼロだとすると・・・
マイナスに位置すのは当然、嘘つきということになる。
では、プラスに位置するのは何かと言えば・・・
やっぱり嘘なのかも知れない。
亡き映画評論家の淀川長治が・・・
「私の神様」と賞するチャップリンと初めて逢ったのは昭和11年のこと。
場所は神戸。
3人目の妻、ポーレット・ゴダートを連れた47歳のチャップリンは
新婚旅行での船旅の途中、お忍びで日本に立ち寄った。
当時、映画配給会社の宣伝部にいた淀川青年は27歳。
神様との面談を叶えるべく単身で豪華客船に乗り込んだ。
熱心に自分の映画のことを語る日本の青年を
チャップリンは自分の船室に招き入れてくれた。
話がはずんでいると・・・
新妻、ポーレットが顔を出す。
「港で真珠を売っているから、買ってきたいの」
淀川青年は、ハッとした。
あれは人工真珠でたいした品物だから買わない方がいい・・・
本当はそう言うことが親切かも知れないが
売っているのは自分と同じ日本人。
日本人がみんな嘘つきだと思われては困る・・・と口をつぐんだ。
ところが、ことのあろうにチャップリンは
「それじゃあ、Mr.ヨドガワ。
一緒について行ってやってくれ」と言う。
神様からの頼みを断るわけにはいかず・・・
淀川青年は『モダンタイムス』のヒロインと2人きりで船を降りた。
やがて、30個もの人工真珠を抱えて、2人は船室に戻った。
嬉しそうに真珠をチャップリンに見せるポーレット。
すると、チャップリンは、ちょっと眉をひそめて淀川青年に尋ねた。
「これは本物の真珠か?」
さぁ困った・・・!
そこで、淀川青年は、以前どこかで聞いた話を思い出して答えた。
「なめてみて、冷たかったら本物です」
チャップリンは、おもむろに真珠をなめて言った。
「冷たい!」
それに続いてポーレットも真珠をなめて「冷たい」と笑った。
その時、淀川青年は、チャップリンの表情に・・・
「嘘をついてくれて、ありがとう」という感謝の笑顔を見た。
つまり・・・
人を裏切るのはマイナスの嘘。
人を喜ばせるのはプラスの嘘、なんだね。
ただ正直でいるだけなら・・・何の工夫もいらない。
たとえマイナスの嘘でも、嘘をつくには工夫が必要だ。
そして・・・
どんな工夫ができるのかが・・・その人の個性なんだ。