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Episode No.068:嘘でもいいから

ある小学生が、こんな作文を書いた。題名は『靴下が破れた話』。

大切な式の前日に靴下が破れてしまった彼は、その晩、母親に靴下をつくろってもらおうと思う。
疲れて寝ていてる母親を無理矢理起こして、何とか靴下を縫ってもった。
次の日、何の不安もなく、式に向かった彼は心の中で母親に大変感謝した。

・・・と、いう心温まる内容。

この作文に心を打たれた担任の先生は、学校推薦として、彼の作文を地元ラジオ局に紹介。
ラジオ局では、この作文を"推薦綴り方"として放送され、聴視者からも数多くの感動の声が寄せられた。

先生は、その報告をかねて作文を書いた小学生の家を訪ねた。
応対したのは"感動を呼んだ"母親自身。

先生の「これは、いい話です」という言葉をさえぎるように、母親は言った。

「この話はウソです」

その晩、母親は疲れてもいなかったし、寝込んでもいなかった。ただ単に繕いものをしただけ・・・というのが真相。

学校推薦された作文だっただけに、書いた小学生は、その後、たいそう怒られた。
けれど、怒られた本人は後々もこの時、決して悪いことをしたという意識はなかったという。
そして、彼はそのまま大人になった。

彼の名前は手塚治。ペンネームには最期に"虫"がついている。

思えば手塚が描いた数々の漫画はもちろんのこと、小説も映画も、すべてはフィクション。悪く言えば、ウソの世界。

しかし、いかに騙されようと、うまく騙してくれさえすれば、お金を払ってでも感動したいという気持ちにあふれているのが人間。

不況、不況と言われる中で、あれだけ人がごったがえす東京ディズニーランドの盛況ぶりや、先日の横浜球場でのお祭り騒ぎ見ても、それは明白だ。

結局、モノの価値は、金額が高い、安いという数字では表すことはできない。
強いて言えば、どれくらい感動できるか・・・が、その価値を決めるのではないだろうか。


参考文献:「ぼくのマンガ人生」手塚治虫=著 岩波新書=刊

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