Episode No.592(20000720):どんな顔に見られたい? 昨日、7月19日から巷に出回ってるという2,000円札・・・もう手にした? 私は、まだ。 でも、またたく間に普及するんだろうね・・・500円玉の時みたいに。 そういえば、ニセ硬貨事件があったおかげで、500円玉が使えなくなったままの自動販売機が多いよね。 500円玉のマイナーチェンジは・・・もうしたのかな? いずれにしても2,000円札の登場で、自動販売機もリニューアルされるだろう、ね。 ところで、1万円札の顔として、すっかり定着した福沢諭吉。 諭吉は1834年生まれで、1901年に亡くなっているから享年は67歳。 お札に描かれている肖像画は、いくつの時かというと・・・56歳の時の姿。 慶応義塾大学の資料室にあった肖像を使用したらしい。 ちなみに諭吉が慶應義塾を開いたのは、慶応4年・・・弱冠34歳の時のコトだ。 その12年前、22歳の時には、すでに蘭学の塾を開いている。 その実績を買われて、翻訳係として咸臨丸に乗船するコトになった。 諭吉の肖像としては、自叙伝『福翁自伝』の口絵に載っているモノが有名だったが・・・。 1899年に発刊された本だから、肖像は64歳の時のモノ・・・それが最後の元気な姿。 円熟味のある風格は、多くの人に親しまれたが、家族の間では「年よりくさい」と評判が悪かったとか。 家族に最も人気があったのは、諭吉が50歳くらいの時の姿。 その頃の諭吉は『時事新報』を創刊する一方・・・。 『学問之独立』をはじめ、『日本婦人論』、『男女交際論』といった著作を次々と発刊し、波に乗っていた。 慶応義塾は開校15周年を超えたし・・・私生活においても長女が結婚、さらに四男誕生とおめでた続き。 身近な家族から、人生のうちで一番輝いているように見えた・・・というのもうなづける。 俳優などは、いくら歳をとっても銀幕で一番元気がよかった頃のイメージが当然印象深い。 88歳まで生きたチャップリンだって、一般に思い浮かぶのは20〜40代の放浪紳士スタイル。 三船敏郎といえば、やっぱり『七人の侍』や『椿三十郎』でしょ? この間、テレビでやってた『男はつらいよ』のゲスト出演も、なかなか味はあったけど。 さて、果たして自分は、どんな頃のイメージで知人たちの印象に残るコトができるのだろう? 確かに顔は変わる。 太った痩せたというコトでも当然変わるけど・・・一番は目だろうね。 人が話をしている時、70〜80%は無意識のうちに相手の目を見ているというから・・・。 目つきから受ける印象はハッキリと相手に残るだろう。 今日はちょっと・・・眠たい目だけど。 あ、結膜炎は治った。 今回、結膜炎になった時も・・・会う人会う人が真っ先に気づいたモンなぁ。 やっぱりシッカリ見られているんだ、ね。
参考資料:「その場がど〜んともりあがる雑学の本」雑学倶楽部=編 講談社+α文庫=刊 「日本の歴史 人物事典」笠原一男=責任編集・考証 集英社=刊
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