Episode No.114(990107):おつりの人生
舞台役者だった彼は、浅草でトリオを組んでいた。
しかし、肺をひとつ切り取るほどの大きな病気をした彼は、ひとり欠けても舞台に立てないトリオをぬけ、復帰後はシーンごとに出演すればいいテレビの世界に入った。
「俺はどうせ1度死んだも同然」そんなセリフが口癖だった彼は、テレビから映画の世界に踏み入れ、やがて、その"おつりの人生"をもう1人の男として生きることになる。
もう1人の男の名は車 寅次郎。もちろん演じているのは名優、渥美 清である。
破天荒だが人情にはあつく、元気だけが取り柄の男を演じる役者は、控え室に戻ると横になる病弱な体。
「バレそうでヒヤヒヤしているペテン師みたいなもの。そういう後ろめたさは、ついてまわった」
と後に語った渥美 清は、私生活のうえでも病弱故に家庭を持つ気にはなれなかったという。
「家族を持つ、所帯を持つというのは、本当に重いこと。人様の命を預かるんだから。もし子供が生まれたら、その重みは何倍、何十倍にもなるんだ」
まるで寅さんそのもののような、こんなセリフを口にしたこともあったが、母親が病に倒れたこともあり41歳で結婚。一男一女をもうけた。
だが、俳優としては、いよいよその厳しさを増す。
家族には、いつも「父を渥美清だと思うな」と言い聞かせていた。
『男はつらいよ』シリーズも40作目を迎えた頃、彼はガンの告知を受けた。
もちろん、仕事仲間にこのことは一切明かさない。
その後も8本の寅さんを演じて見せることになるが、さすがに47作の制作時には監督や共演者にも体調の悪さは感じられ、これがシリーズ最期の作品になると誰もが思っていたという。
そんな時、阪神大震災が起こった。
復興に懸命となる人々の熱いラブコールを受けて、シリーズ48作目、そして本当に最期の寅さんは神戸で撮影を行うことになった。
渥美 清の主治医は、彼が亡くなった後「47作、48作の撮影が無事に完了したことは、渥美さんの体力を考えれば奇跡に近い」と語ったという。
"おつりの人生"で、もう1人分の人生を生きてみせた男、渥美 清が永眠したのは一昨年の夏のこと。
そういえば最近の正月は正月らしくないな・・・と思ったら、寅さんを見てないんだ。 |