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Episode No.101:金庫番は泥棒に任せろ

阪急電鉄の創始者にして宝塚歌劇の父でもある日本屈指の起業家、小林一三は、慶應義塾大学の出身だ。

彼が慶応ボーイだった頃と言えば、明治維新から20年ほどたった時のことだから、ようやく日本に内閣総理大臣が誕生した頃の話。
当時の慶應義塾は全寮制で、しかも主立った先生もすべて三田の敷地内に住居があった。

小林は、寮で発刊していた機関誌の主筆として得意のペンをふるった。
寮の機関誌は、次第に彼の作品集のようになってきたが、小説家を志していた小林にとって、これはやりがいのある仕事。

しかし、主筆にはペンをふるう以外に、もうひとつ大きな仕事があった。
それは定期的に学長のところへ行って機関誌発刊のための補助金をお願いすることだった。

当時の慶應義塾学長、福沢諭吉も学寮の近くにに白壁の邸宅を構えていた。

補助金を貰い受けに行く度、小林は福沢諭吉直々にさまざまな話を聞いた。
そううちのひとつに、こんなのがある。

「小林君、君が金庫番を誰かに頼むとしてら、どんな人物に頼むかね?」

「それは信頼のおける、正直な人にお願いします」

「うむ、それも大切なことだが、それだけでは金庫は守れないぞ」

「・・・何故でしょう?」

「むしろ泥棒ができるくらいの者でなければ、泥棒の手口を見抜くことはできないということだ」

正論を通すにも正論だけでは、ただのキレイごとに過ぎない。
嘘を見破るためには嘘をつけるくらい頭の回転が必要で、馬鹿正直なだけでは
森の石松のように騙し討ちにあいかねない。
同じ頭を使っても、悪いことに使えばただの"嘘"、いいことに使えば、それは"知恵"になる。

なるほどテレビの特番でやっている"警視庁24時"などを見ていると、暴力団取締担当の刑事は、まるでどっちがヤクザだかわからないほどの迫力があったりする。


参考資料:「小説 小林一三」咲村 観=著 読売新聞社=刊 ほか

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