Episode No.960(20010922):戦争と平和

「握りこぶしをつくっていたら、握手はできません」

史上最悪のテロ事件が起きたニューヨークには、お得意さんが出張中だった。
国内での爆弾騒ぎでは、知人が仕事中のビルから待避を命ぜられて・・・
炎天下の中、2時間もオモテに待たされていたという。

ちなみに、このdigitake.comのサーバを管理する会社は、ニューヨークにあるが
事件直後に被害がなかったことが確認できたので、こうして支障なく運営できている。

幸い、私の知り合いたちには直接的な被害はなかったが・・・
ニューヨークでは、今なお救助活動が続けられているし、多くの日本人も犠牲になった。

新しいニュースが流れる度に世界が緊張し・・・
我が家の上空を行き交う米軍機の爆音は、間違いなく激しさを増している。

もはや・・・対岸の火事では、ないんだな。

とかといって、一民間人の私に何ができるのか?
テレビを見てドキドキしているだけでいいのだろうか、という思いにかられる。

普段、人間の肉体で使われている部分は・・・50〜60%しかないらしい。
通常の生活の中で使うことのない部分を呼び起こして・・・とにかく考えてみよう。

宗教、哲学、芸術・・・
ある考えを突き詰めた結果、人間が行き着く先は、だいたいこの3方向にあるように思う。

どの方向に行くのかは、その人の資質と環境によるところが大きいが・・・
先人たちの言葉を見る限り、たとえどの方向に向かって突き詰めていっても
そこで得られる結論は「人の生き方、あり方」という点でみんな似ている。

問題は「」に関する相違。

どんなに優れた人であっても、死んだことのある人などいないのだから・・・
これだけは結論が出しづらいし、出そうとすれば無理がある。

悲惨な死であろうが、美しい死であろうが・・・
それは生きてる人間が勝手にそう言っているだけのことだからね。

罪のない人たちを巻き込んだ無差別テロは、もちろん許されるべきことではない。
とはいえ、報復合戦のドロ沼状態は誰もが懸念することだろう。

テロを指して・・・
いかなる大義名分があろうとも他人の命を奪う正義などない
という考えに賛成する人は多い・・・私もその1人だ。

しかし・・・
そう考える人たちすべてが死刑廃止論者かというと、そうではないだろう。
やはり、ここにも大義名分はあるのだ。

結局、正義を決めているのも民主主義なのかな。

実際のところ・・・
大義名分というのは、自分の思いを人に説明するための道具で
自分を動かしているのは、怒りや憎しみという感情なんじゃないか、と思う。

もしも・・・
自分の肉親や親しい者が無差別殺人にあってその犯人が特定されたら、
理由のいかんを問わず相手を八つ裂きにしてやりたいと私も思うだろう。

感情を理論的に制御できるのが理性だろうけど・・・
すべての感情を制御したら、人間は人間でなくなってしまう。

問題は・・・感情のブツけどころ、だな。

本当は、こうした感情を表現するために必要なのが
宗教、哲学、芸術・・・なんじゃないかな。

テレビに映し出される特殊部隊の映像には・・・
ランボー』のテーマなんかが勇ましくBGMとして使われている場合が多いけど
ちょっとテレビの音を消して・・・
ジョン・レノンの『イマジン』を聴きながら見てみると・・・
何だか・・・ずい分、印象が変わって見える。


参考資料:難しい・・・けど、逃げられない問題