Episode No.871(20010611):今、頑張っている人にだけ明日の希望がある

今から29年前の今日・・・1972年6月11日。
ある提案が日本を揺るがした。

「日本列島改造論」・・・もちろん、提唱者は時の首相、田中角栄

新幹線と高速道路を整備することで
大都市と地方の格差をなくそう・・・というこの案は
雪国・新潟に生まれ育った角栄の夢の提案書だった。

その後、地価急騰など、さまざまな問題を抱えることにはなったけど・・・
結局、ある程度、その時の計画のまま、新幹線も整備されてきているのは事実。

この方法がはたして本当に善なのか、悪なのか・・・
それは何とも言えないけれど

田中内閣の一番の功績と言えば、何といっても日中国交回復。

中国製の安くてよくできたオモチャを手にする度に
少なくとも私は感謝している。

台湾問題などを抱えながら
田中角栄が日中国交回復に政治生命を賭けた最大の理由は・・・タイミング

当時の中国の首脳陣は実際に戦線をくぐってきた猛者たちばかり。
しかし一方で、だからこそ思いは通じると・・・角栄は信じた。

角栄がやらずとも、やがて誰かがやり遂げたとは思う。
しかし、その時やっておかないと・・・
そのうち優秀な大学を出た理屈っぽい連中が中国を統治するようになったら
重箱の隅をつつくようなことばかり言って
交渉は先に進まないか、多大な補償を求められて日本の不利になる、と角栄は考えた。

そして・・・みごとにやり遂げた。

時とともに問題も育ってしまう・・・まるで借金の利子と同じだ。
目の前の問題は、あとまわしにすればするほど・・・自分の首を絞める。

それに、今の問題は今片づけておかないと・・・
将来、どんな新しい問題が起こるとも限らない。

解決できなかった問題は、しばしば解決しなかった問題であることが多い。
誰かにやってもらっても・・・いつか、そのシワ寄せは自分に来る。

やろうと思ったのに、できなかった・・・なんて何の言い訳にもならない。

さて・・・
角栄の娘にして、一番弟子のような真紀子外相は
はたして「外務省改造論」をどこまで果たせるか?

国を動かし方が変わると・・・やがては民間だって、きっと変わるよ。
ワイドショーを見て、喜んでばかりもいられない。


参考資料:「今日は何の日」PHP研究所=刊 ほか