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Episode No.767(20010209):燃やして走れ

セルフ・サービスのガソリン・スタンドが、ずい分と増えたんだってね。

うちの近所にもあるけど・・・私は何となくおっかなくて使ったコトがない。
おっかないというよりは、面倒という感じかな。

すぐ近くの別のスタンドに行けば、窓まで拭いてくれるのに・・・
寒空の下、わざわざ自分でガソリンを入れに車を降りる気になれないし・・・
何より、セルフ・サービスやってるスタンドにボーッと立っている従業員がたくさんいて
「それくらいなら、入れてくれよ」と言いたくなるのが一番の理由。

まぁ、そのうち経験の意味で自分で入れてみるのもいいかな、とは思ってるけど。
もう少し暖かくなったらね。

さて、今からちょうど65年前・・・というと太平洋戦争頃の話。
昭和11=1936年2月9日に三菱重工が新型車の製造を開始した。

新型車はガソリン・エンジンではなく・・・当然、電気自動車でもない。
木炭車だ。

最も電気自動車はエジソンが開発していたくらいで・・・
確か大正天皇のご成婚の時にアメリカの邦人会からプレゼントされたほどだから・・・
歴史はずっと長いんだけど。

あいかわらずバッテリーの問題と
高圧電流を扱える技術者が一般の自動車整備工場にはいないという点で・・・
普及に加速がついてない。

65年前に木炭車が製造された理由は、もちろん戦争によるガソリンの不足が要因。
「ガソリンの一滴は血の一滴」なんて言われていた時代らしい。

後部にカマを取り付けた木炭車は別名"コタツ自動車"などとも呼ばれていた。
あまりに馬力がなさ過ぎて、坂道では乗ってる人が降りて後押しする必要があった。

さらに戦争が激しくなると、木炭も不足して・・・
とうとう燃料は薪になった。
まるで焼きイモ屋みたいだね。

その当時、ガソリン・スタンドの代わりに
木炭スタンドや薪スタンドがあったかどうかはわからないが・・・
現代のスタンドは、規制は緩和されたものの商売としてはかなり厳しいようだ。

コンビニ銀行のATMなど立地を活かしたサービス競争が激化するのは
利用者にとっては嬉しいけれど・・・
ある日、突然なくなってるなんてコトもある。

なくなる・・・って言えば
かつては、あと何年で石油がなくなるって、ずい分騒がれたけど
ガソリンの値段は下がっているし・・・どうなってるんだろう?

ある日、突然・・・なんてコトはないだろうな?
でも・・・そんなコトになっても文句は言えないところまで
本当は来ているのかも知れない。


参考資料:「歴史の意外なネタ366日」中江克己=著 PHP文庫=刊 ほか