Episode No.1183(20020610):人生の裏打ち作業

芝居を見慣れてくると・・・
だんだん役者のウマい、ヘタがわかってくるような気がする。
とくにヘタなのは、素人目にもわかるから怖い。

先日、ある芝居に行ったら・・・
ベテランの演出家が
パンフレットにこんなことを書いていた。

「稽古が進むにつれて、人物に血が通ってくると
 セリフのウラの部分、
 つまり感情とか気分の色合いとかが新鮮にみえてくる。
 セリフの"裏打ち作業"と私は思っている」

舞台役者はセリフを覚えるだけでも大変だと思うけど・・・
ウマい人の言葉は、まずそれを感じさせない。
あたかも、今思いついたことのようにセリフを口にする。

たとえセリフを間違えたとしても・・・
アナウンサーのように
決してあわてて言い直したりはしない。

考えてみれば・・・
日常、話をしていたって
つっかえちゃうことはあるんだから・・・
ウマい人は・・・
そういう風につっかえただけのように見える。

自然に見える・・・というのは
見ている者にも安心感を与える。
逆に・・・
緊張した人の前では、相手も妙に緊張してしまう。

舞台には立たないまでも・・・
先生の前では生徒を
上司の前では部下を
得意先の前では会社を代表した人間を
みんな誰かを演じてる

生まれた時から、
そういう立場でいるいるわけじゃないからね。

演ずることは、ある意味、自分を捨てること。
やっぱり、自分を捨てることができて・・・一人前。

「仕事が変わったら
 すでに10年この仕事をやっているんだという顔をしろ」
・・・盛田昭夫

虚勢をはるのも考えものだが・・・
弱さを見せるだけが正直じゃない。
強くなろうとしている自分を見せることが誠実だ。

言葉に詰まるようでは・・・まだ"裏打ち"が足りない。


参考資料:「盛田昭夫語録」盛田昭夫研究会=編 小学館文庫=刊 ほか