Episode No.3589(20100225)
悪気

「おぅ、呑みねぇ。
 寿司を食いねぇ、寿司を。
 江戸っ子だってね」
「神田の生まれよ」
「そうだってねぇ〜」

浪曲師・広沢虎造の十八番
『石松と三十石船道中』の名台詞。

物語は…
次郎長親分の代参で、
四国・金比羅参りをした帰りの石松が、
船で乗り合わせた連中の
「街道一の親分は誰だ?」という話に
耳を傾けるところから始まる。

自分の親分・次郎長が
街道一だと豪語する男をつかまえて、
酒や寿司をふるまって話を聞く。

「いい子分がいるからなぁ、次郎長にゃあ」
…と言われて嬉しくなって、
子分の中で一番強いのは誰だと尋ねる。
が…なかなか自分の名前が出てこない。

写真のない時代の話だから、
乗り合い衆は、
まさか自分の目の前にいるのが、
清水一家の名物男・森の石松とは知らず、
大政や子政の話をする。

「三番は?」
「大瀬半五郎」
「四番は?」
「増川千右衛門」

聞いても聞いても自分の名が出てこないので、
石松は怒り出す。
終いには、泣き出す始末。

乗り合い衆が
石松の名を出さなかったのには理由がある。
目の前にいる男が片眼なので、
同じ片眼の石松の話はわざと避けていたのだ。

良かれと思ってやっていた
こうした他人への気遣いが、
騒動の元になるあたりの滑稽さは
男はつらいよ」にもあるね。

何も殺人事件が起こらなくたって、
宇宙人が来なくたってドラマは作れる。

むしろ徹底的な悪者がいた方が
ドラマ作りは簡単だろう。

それぞれの立場の中で
悪気はないが騒動が起きる。

そこを解決すべく人がどう動いたか?
日常に響くドラマにスーパーマンは出てこない。


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