Episode No.2822(20070906)
或るデブの落とし前

彼の腰にはベルトが見えない。

たるみきった腹の肉が腰で絞らて、
ベルトにドッカリと覆い被さっているからだ。

地下鉄を降りると、
その古い駅は空調の具合が悪いらしく
何とも言えない湿った空気に満ちていた。

ついさっきまで乗っていた地下鉄の車内は
冷えすぎていたほどで・・・
ホームを2、3歩進んだら、
ブアッと汗が噴き出てくる。

彼は慌てて鞄をまさぐりはじめた。
取り出したのは
温泉場でもらってきた安っぽいタオルだ。

彼の拭く出るぬぐうには
ハンカチよりタオルの方が適している。
それも薄手の、
この安っぽいタオルが最適だった。

出口に向かっておしよせる人波の中、
立ち止まって汗を拭いていると・・・
後ろからドスンと人がぶつかってきた。

跳ね飛んだのはぶつかってきた痩せ男。

振り返ると、
その痩せ男は彼と同年代くらい。

痩せ男は乱れた髪型を気にしながら
グッと彼を睨んだ。
しかし、次の瞬間・・・
まるで哀れむように、
あるいは汚いものを見るような目つきをすると、
小さく鼻を鳴らして、
さっさと彼をよけて出口へ進んで行った。

彼のブ厚い脂肪の奥底にある
・・・プライドが少しだけ傷ついた。

改札を出たすく先には長いエスカレーターがあった。
人波はエスカレーターの手前から
10mほども渋滞している。

彼は「ゆっくり出よう」と思った。

・・・が、うつむこうとした、その視線の先に、
さっきの痩せ男を見つけた。

痩せ男は渋滞にまみれて
身動きがとれない場所にいた。

それを確認した彼は意を決し・・・
エスカレーターのわきにある階段へと向かった。

ビルなら3階分はあろうかという
長い階段を登り始める。

すぐ息が切れた。

その度にエスカレーターに目をやり、
痩せ男の位置を確認する。

痩せ男は、すでにエスカレーターに乗っいる。

彼は手にした安っぽいタオルを
ハチマキにして気合いを入れ直すと
ズンズンと階段を登った。

エスカレーターの痩せ男が迫ってくる。

膝に手をやり、
懸命に体を動かす彼の頭の中には
F1のテーマとロッキーのテーマが
交互に流れていた。

やっと頂上・・・!

ゆっくり振り返ると、
痩せ男は、まだすし詰めのエスカレーターにいた。

・・・彼は勝った。

エスカレーターから降り立とうとする痩せ男に
フッと笑みを浮かべて見せた。

・・・今日は何だか、
すごく長くなってしまった。

でも、こんな感じに近い情景を
先日都内某所の地下鉄の出口で見たんだ。