20110320
東京電力 3月20日() 計画停電の予定

*3/20(日)の計画停電は
 実施しないとの発表が東京電力からありました。

計画停電スケジュール 〜3月24日(木)

各グループの地域リストは以下の通り。
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でじたけ流 教育論554

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自我が目覚める、というのは
具体的に言えば、
自分がこの肉体に宿って生きていることを
意識し出すってことじゃないかな?と思う。

さらに、生きていることを意識するってのが
具体的にどういうことかと言えば、
死ぬことが怖いと感じることだろう。

記憶に残る最も古い思い出は、
人はいつか死ぬと知らされたことだった。

死ぬのが怖いから、
死なないようにどうすればいいのか考えるようになる。

を意識することは成長の糧かもしれない

子供の頃…病気は死因としては考えられなかった。

交通事故は可能性としてあるにしても、
気をつけていれば回避できるものと思われた。

どんなに元気でいても、車に気をつけていても、
死ぬ可能性があること…それが地震だった。

おそらく人間の死体の写真を見たのは、
関東大震災後の写真が始めてだったように思う。

それは当時住んでいた家の近所に空き家があって、
探検と称して子供同士で忍び込んだ時のことだ。

小学校4、5年だったかな。

持ち帰った勝利品のブリキ箱を空けると、
そこに数枚の白黒写真が入っていた。

黒こげになったものが無数に並んでいる。
よく見ると人のかたちをしていた。

裏面には小筆で関東大震災と確かに書かれていた。

何故そのような写真が
空き家に置き去りにされていたのかはわからない。
…けど、
それを見たインパクトだけは今も強烈に残っている。

どんなに元気でいても、車に気をつけていても、
地震で死ぬ可能性はある。

だから小さい時から人一倍地震は嫌い。

家を持って、家族を持ってからは、
ますます嫌いになったが、
嫌っていただけでは対応できないから、
そこそこの備えもしていた。

それでも…

東北大震災から一週間、
被災地でもないのにガソリンもトイレットペーパーも
底をつきつつある。

怖いのは津波だけじゃなくい。
人の波も予想を超えて生活を圧迫してくる。

みんなが普段より少しずつ物を多く買うだけで
品不足が起きるなら…
みんなが少しずつ控え目に替えば、物は余るはず。

今は被災地以外で余った物を
被災地に届けなければいけない時なんだ。

今年の流行語大賞になりそうな「計画停電」も、
病院や役所くらい
優先的に電気をつけておけばいいと思うけれど、
技術的にも、おそらくは道義的にもそれは難しいだろう。

自宅で療養している病院だっているわけだし。

ガソリンスタンドに長時間並んでいる人は、
金を稼ぐために車が欠かせない人もいれば、
通院するために車が不可欠な人もいるだろう。

みんながそれぞれの立場で困っている時に
優先順位などつけようものなら、
かえって不公平感をあおつて争いの種になるだろう。

被災地が一番であることは誰もが承知しているけれど、
被災地以外に住む者が
自分の立場を主張して優先を望むのは
大人として恥ずかしいこと”なんじゃないかな?

我々は今、国難に学んでいる。

を意識することで自我を意識できるとすれば、
次に(モラル)を意識し、
自分を二の次にできることで、
ようやく大人になれるのかもしれない、ね。


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