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Episode No.709(20001204):肩書きだけでは「信頼」できない

教師嫌いの私は学生時代に友達だけでなく、先生も大いにイジメた。

ヘンな自慢話をするつもりはないが・・・
私にしてみれば、たかが学生ごときにやり込められるような先生を信頼して教わる気にはなれなかった。

実に生意気でイヤな生徒だったと思うが・・・
中には、こっちが思っている以上に、真剣に受けとめてくれて・・・
職務以上に付き合ってくれた先生も少なくはない。
そんな「先生らしくない」先生たちとは、いまだに定期的なつきあいが続いている。

さて、昔ある中学校に新任の英語教師がやって来た。

クラスには、ちょうど私のように小生意気でズル賢い生徒がいたようで・・・
新任の教師をからかってやろうと、授業中、あら探しばかりしていた。

ある日、とうとう"決め手"を見つけたその生徒は、新任教師に向かって言った。

「先生は間違っています。辞書には、こう出ています」

こういう時の生徒の得意顔は容易に想像がつく。
こうした場面になると、後から後からヤジを飛ばす生徒なんかも出てくる。
・・・私の時には、そうだった。

ここで先生が慌て出すと、もう教室はパニック。
教師の威厳はいっぺんで地に落ち、ヘタをすると次の授業から、ビクビクしながら出てくるハメになる。

しかし、その新任教師は生徒が騒ぎ出す前に、フンと鼻を鳴らした。

「では、その辞書は誤りだ。私が言った通りに直しておけ」

この言葉には、さすがの小生意気な生徒も言葉を失い・・・以後、生徒たちは先生の教えを守ったという。

この時の新任教師の名前を夏目金之助という・・・漱石が教壇に立っていた頃の話である。

生徒の質問内容が具体的にどんなモノであったのか・・・
漱石の教えた内容は、はたして本当に辞書より正しかったのか・・・
それはハッキリしないが、そんなコトは問題ではない。

教師は生徒に勉強を教える「プロ」である。
そして「プロ」としての必要最低条件は・・・相手に「信頼」されるコトだ。
「信頼」のおけない相手には誰も仕事を頼まない。

学校の場合、生徒が先生を選ぶというコトは難しいから・・・
当たり前のように先生は先生と呼ばれているけれど、それはある意味で「特殊な世界」でのみ通用する話。

教科書に書いてあるコトが全部正しいんだとしたら・・・みんな本だけ読んでいればいいんだから、ね。
マニュアル通りで通用すれば・・・仕事に悩む人など世間に誰ひとりいないはずだ。


参考資料:「漱石の言葉」長尾 剛=著 PHP=刊