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Episode No.034

もし、このページをお読みいただいている方の中に、現職の教師の方がいらっしゃったら、ちょっと申し訳ない話なんですが・・・。

どだい学校の教師なんてものは、学校を出て、そのまま学校に入っちゃってるモンだから、およそ世間の常識などということにはうといものでしょう。
その世間知らずの教師が、これから世間に出ていこうとする若者を前に文字通り先生ぶっているわけですから、何とも呆れた話です。

もちろん文部省が定めるカリキュラム自体にも問題はあるのでしょうが、結局、こんなことだから小、中、高、大と16年も学校に通っても、電話の受け答えひとつ満足にできない若者が育つんだと思います。

私自身は非常に先生には恵まれました。しかし、思い返すと"いい先生"というのは、およそ"先生らしくない先生"で、カリキュラムをこなすことを仕事とした、いわゆるサラリーマン教師とは違い、生徒といっしょに悩んでくれたりしたものです

今日のエピソードは、歴史に残るそんな"いい先生"の話。

ある学校で英語の授業中のこと。
教科書を片手に生徒の間を歩きながら教鞭をとっていた彼は、ひとりの生徒の脇で立ち止まった。
見ると、その生徒は教科書は開いているものの、片手を懐に突っ込んだまま。
そこで彼は授業を一時中断して言った。

「キミは態度が悪いな。キチンと懐から手を出して、授業を聞いたらどうかね」

その言葉に周囲の生徒は一瞬静まりかえった。
注意を受けた生徒も下を向いたままである。

やがて、別な生徒が言った。

「先生、彼は片手がないんです」

そのひと言には、さすがの彼も息を飲んだが、即座にこう言って片手の生徒の肩を軽く叩いた。

「そりゃあ知らなかった。すまん。しかし、私もない頭をしぼって話をしているのだから、キミもない手を出して聴いてくれ」

この人に頭がないなんて、たいそうな詭弁だが、この言葉でヘンに緊張した教室内は、いくぶんなごんだことだろう。

悲しいことに、こういう人生のおける本当に大切な機転については、学校では教えてくれないのが普通。

この人の肖像は、きっとあなたもお持ちだろう。財布の中に。
そう! この人の名は漱石、夏目金之助。


参考文献:「とっさの詭弁術」増原良彦=著 ワニ文庫=刊

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