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Episode No.397(991203):技術だけでは売れない・必要なモノなら必ず売れる

私は何度も書いているようにSONYファンだが・・・。
アイボや
プレステ2で次々と話題をまくSONYの成功の陰にも、やっぱり失敗はある。

素人の目にもハッキリとわかるのが、ホームビデオのVHS、ベータ戦争。

昔からSONYびいきだった私が最初に自分で買ったビデオデッキはベータだった。
現在もEDベータという、VHSに対するS-VHSのような少しマニアックなデッキは所有しているものの、ほとんど使っていない。
普段使っているのは、やっぱりVHSだ・・・でも、デッキはSONY製だけど、ね。

今はVHSもかなり高画質になっているが、ホームビデオが発売された当初は、画質で選べばベータの方がよかったように思う。
現に厳密な録画方式は異なるものの、放送用の機材としてベータカムはその後長年にわたり業界で君臨し続けている。
高画質に加え、VHSに比べてコンパクトなベータが、一般向けとしてはなぜ姿を消すことになったのか・・・?!

SONYが国内初の家庭用ビデオを完成させたのは、東京タワーが完成した昭和33年のこと。
一般的に普及しはじめたのは、それから17年を経た昭和50年になってからだ。
当時、かの
盛田昭夫は言った。

「ビデオカセットが備わって、テレビが初めて自分のものになる。タレ流しだった番組を自分のものにすることが可能になる」

確かにそうなったお陰で、私の部屋もビデオテープだらけ・・・どれに何が録画されているのかもわからない状態だけど。

SONYが家庭用ビデオを完成させたという時点で家電業界には激震が走っていた。
ことに、その分野では出遅れていた松下電器では、自社のビデオ方式をベータでいくか、VHSでいくかの決断を迫られることとなった。

当時、最終結論を下すリーダーは、経営の神様、
松下幸之助

この時、経営の神様には、ビデオ問題もさることながら、より一層の企業成長を遂げるためには対米輸出がポイントとなると考えていた。
そこで出した結論は・・・VHS。
SONYに遅れるコト2年を経てVHSビデオの本格発売を開始した松下は、後に続くVHS勢の筆頭に立ってベータを駆逐した。

対米輸出という課題が何故、VHSを松下幸之助に選ばせたのか?

経営の神様の頭には、アメリカに関するある情報がインプットされていた。
それは、アメリカ人が一番好きな番組は野球ではなく、フットボールであるというコト。
フットボールの試合は場合によっては4時間に及ぶコトも少なくない。

当時のベータの録画可能時間は3時間まで。
一方、VHSは4時間までの録画が可能だった。


参考資料:「盛田昭夫語録」盛田昭夫研究会=編 小学館文庫=刊 ほか

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