Episode No.387(991122):松竹はつらいよ 前にもお話しした通り、私はプロ野球にはひどくウトい。 しかし、そんな私でもプロ野球日本シリーズというモノが、セ・パ各リーグで優秀したチーム同士が戦って日本一を決めるシリーズであるコトくらいは知っている。 今からちょうど49年前の今日、昭和25年(1950)11月22日は、初めてのプロ野球日本シリーズが開幕した日だ。 昭和25年といえば、森永のミルクキャラメルが発売された年にあたる。 戦後初の動物の大量輸入が行われ、全国各地に動物園ができはじめたこの年に、手塚治虫は『ジャングル大帝』の雑誌連載を開始している。 年表を見ると「戦後初」というフレーズがやたらと目立つ時代だった。 さて、プロ野球第1回日本選手権試合が行われたのは神宮球場。 セ・リーグの松竹ロビリンス対パ・リーグの毎日オリオンズの対戦は、4勝2敗で毎日が初の日本一に輝いた。 オリオンズというのは今でも聞く名前だよね? ロビリンスっていうのは、よく知らないが・・・松竹ってプロ野球のチームを持ってたコトもあるんだな。 寅さんシリーズで国民的な人気を誇った松竹は、1902年に白井松次郎、大谷竹次郎によって作られた興業会社だ。 社名の松竹は、松次郎と竹次郎の名をとったモノで、松竹梅からきたモノではない。 歌舞伎の興行から、当時"娯楽の王様"と言われた映画を手がけるようになり、1936年に"蒲田行進曲"で知られる蒲田から、大船へ撮影所を移した。 その大船撮影所が、地元の女子大に売却されるというニュースが流れたのは、つい先日の話。 関係者ではなくとも映画好きとしては、はなはだ残念だ。 数年前には、テーマパーク・ブームに乗って大船撮影所の一角にシネマ・ワールドを開設したが、それも少し前に閉鎖となった。 あっけない幕切れ・・・結局、一度も行けなかったなぁ・・・。 昨日11月21日で完成110周年を迎えた銀座の歌舞伎座をはじめ、松竹は数々の劇場を所有しているが、映画に関して言えば、本丸である撮影所を手放すことによって、製作会社から管理会社になってしまうようで、何とも寂しい。 これも時代の流れ・・・と言ってしまえばそれまでだが。 東宝では正月映画『ゴジラ2000』が完成した。 ハリウッド版『GODZILLA』の公開があって、しばらくは新作『モスラ』でお茶を濁していたが、2000年に向け若手スタッフによって、また新しいゴジラが誕生した。 新作『ゴジラ2000』のストーリーは、平成ゴジラ・シリーズとはまったく別な流れで、円谷英二が作った初代『ゴジラ』のいきなり続き・・・という設定らしい。 だから平成ゴジラ・シリーズの最終作『ゴジラ vs デストロイア』で、さんざん"ゴジラ死す"と騒いでいた話とは、ぜんぜん関係ないワケだ。 「ゴジラは、いいよな・・・何度死んでも蘇ることができて・・・」という松竹、寅さんチームの嘆きが聞こえてきそうだね。 もともとは寅さんだってテレビ・ドラマシリーズで、最終回はハブにかまれて死んじゃったのを映画で復活させたんだけどね。
参考資料:「今日は何の日」PHP研究所=刊 ほか
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