Episode No.3733(20100812)
30年目の夏〜「白い蹉跌」のころ
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友だちを集めて自作の映画を作る。
死ぬ役で出演した親友が
完成直後、本当に亡くなってしまった。

私はそういう経験をしたことがある。
決して忘れることが許されない記憶だ。
神奈川県立舞岡高等学校、受験を迎える3年生の夏休み。

あれからちょうど30年目を迎える今年のお盆は、
このことについてあらためて書き起こしておこうと思った。

機会があれば、ぜひ舞高の後輩たちにも読んでもらいたい。
私と私の仲間たちは、舞高3期生。
妻夫木 聡が入学して来る、ずっと以前の物語。

04 坂道

あらすじと配役が決まると、私は朝から晩まで…授業中もシナリオを書いていた。

あれはちょうど劇中で死んだ友人の日記の文面を書きかけた時、私が授業中にシナリオを書いていることを知っていたその役を演じるEが、後ろの座席から私をつついた。どこまで書けたか見せろ、と言うのだ。

ノートをまわすと…
「ここ俺のセリフだよな。俺が書いてもいい?」
…と小声で聞いてきた。

映画のテーマについてはよく話してあったので、安心して任せてみるとEはこんな文面を書いた。

「またオヤジに、
 いつまでバイクに乗って遊んでるんだと怒られた。
 なあ、親父さんよ。バイクに乗るって、
 そんなに悪いことなのかい?
 〜中略〜
 バイクだって、ただアクセルを回せば走るわけじゃない。
 ガソリンを入れなきゃ走らないよ。
 だから、今の時期に
 心のバイクにガソリンをいっぱい入れるんだ。
 〜中略〜
 俺はいつ死んでもいいように毎日を精一杯生きたいね」

字面だけみると何ともクサいセリフだが、ここは登場人物の想いを尊重して採用。

この日記を読むシーンはバイクを押しながら坂道を登るイメージ的な演出を思いついた。

当時はまだ舗装もされていない造成中のJR東戸塚駅周辺。撮影したのは今コナカの総本店がある坂道の中腹あたりだ。

400ccのバイクを押してEが坂を登る。やれと言ったのは私だが、後に自分で大型バイクに乗るようになってみると、よくあの重たいバイクを押して坂道を上がれたものだと関心する。

もちろんナレーションはE本人の声。バックに流れる生ギターの曲も本人が作曲・演奏しているものだ。

Eのお母さんはエレクトーンの先生をしていた。
この自作の曲を映画に使うと決めた時、Eは…
「音楽にうるさいオフクロに聞かせたら、
 ぜんぜんなってないと叱られそうだ」
…と、はにかんでいたのを思い出す。

さらに、最後のセリフ…

俺はいつ死んでもいいように毎日を精一杯生きたいね。

…このひと言だけは、フットボール部の練習の最中に、防具をつけたEがふとヘルメットをはずしてカメラに向かって言う、という念の入れようだった。

撮影が進んでいくと、製作側は何とか観客を感動させようと、これでもかと躍起になってくる。上映会で何人泣かせることができるかなんてことを目標にしはじめたりしてね。

完成を見たEは…
「俺、本当に死んだみたいだな」
…と笑いながら、確かにそう言った。

素人映画にしてはアンケートでの評価はよく、文化祭でのベストテンでは1位に選ばれることとなったが、この映画を見たEの仲間たちが本気で涙を流すのは、最初の上映から…約1ヶ月後のこと。

♪Eが作曲・演奏している曲〈坂道〉[mp3]

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【この項目のバックナンバー】
 03 生徒会
 02 Eとの出逢い
 01 友人の死

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