でじたけ流 教育論623「ピースのいない庭」
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20120715

でじたけ流 教育論623

でじたけ流教育論 digitake.com


2012年7月10日…
我が家の愛犬
ゴールデンレトリーバーのピースが逝った
…享年11歳。

今年、中学生になった次男が、
まだ赤ん坊の頃に、
隣に住む親父が買ってきた犬だ。

ピースが来た頃の話は、
11年前の「教育論」にも書いていた

まだ小さなピースの写真が載っていて
実に懐かしかった。

以来、うちと隣の実家の間にある小さな庭で
ピースは子供たちと一緒に育ってきた。

調べてみると、
犬の寿命は比較的、大型犬の方が短いそうだ。

心臓にかかる負担が大きいために、
小型・中型犬の寿命が15年くらいなのに対し、
大型犬は10〜13年。

ピースの死因は、
これまた大型犬によくあるらしい
胃がねじれてしまう病気だが、
11歳の高齢では手術も難しかった。

最期は何も食べられなくなり、衰弱してしまった。

犬に限らず、そもそも動物を飼う時点で、
たいてい自分より早く
ペットの方が先に死ぬことは容易に推察できる。

そして…
愛すれば愛するほど別れはつらい。

それを承知のうえで、
何故、動物を飼うのだろうか?

いやペットだけでなく、
友達も恋人も家族だって、
愛すれば愛するほど、後がつらい

実際のところ…
愛は人を救うどころか、
苦しめているばかりではないか
…と感じることも、しばしばだ。

それでもなお、
人が愛を尊いものだと思おうとするのは何故か?

それは教育によるものか…。

教育が充分でない時代にだって
愛情はあったに違いない。

ならば、本能的なものなのか…。

本能は先ず、
生きるために必要な力である。

生きるために苦しむことが必要だとすれば…
苦しみから
立ち上がることを学ぶための業なのかもしれない。

この世は、やっぱり修行の場…なんだな。

愛を学ぶのではなく、
愛によって学ぶためのね。

もともと小さな庭のはずなのに…
ピースがいなくなって、
ガランと広くなった気がする庭を眺めながら
…そんなことを考えてた。合掌。

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