Episode No.894(20010707):「たすける」ということ

「情けは人のためならず」
・・・という諺は誰でも知ってると思うけど
その意味をとり違えてる人が学生どころか、いい歳した大人にも多いんだってね。

「人に情けをかけるのは甘やかすことになるからいけない」
そんな風に思ってる人が半分くらいはいるらしい。

正しくは
「人にかけた情けは、やがて巡り巡って自分に戻ってくるのだから
 人には情けをかけなさい」・・・っていう意味だ。

諺は、その時代時代の背景にとらえ方が大きく異なってくる。

「エビで鯛を釣る」
・・・と言っても、エビが高価なモノになっている時代には通用しない。

「縁の下の力持ち」の場合・・・
本来は「なかなか芽の出ない人」を卑下する意味合いで使われていたらしいが
今では逆に「人目に触れずに頑張っている人」を差すホメ言葉になっている。

さて、話を「情けは人の〜」に戻すと・・・

正しい意味は、やつぱり正しいと思うし
間違った意味も一理あるとは思うけど・・・
そんな風に他人に何も干渉しない・・・そりかわり自分も干渉してほしくない
なんて世の中になったら何か淋しいし
それじゃあ、社会どころか、家族という小さな組織すら成り立たない。

ただし、親が自分のことを棚に上げて叱ると子供が逆上するように・・・
あんまり、お節介になったり
自分には力もないクセに、あれやこれやと面倒をみるフリをしてしまうのは
やっぱり考えものだ。

「情けは人のためならず」という気持ちは貴いんだけど・・・
本当は自分のことをシッカリやるより、
他人のことに口出しして、忙しぶったり、大変がったりしている方が・・・
はるかに楽だからね。

どこの町内会にもいる「世話好き」のオバさんは・・・
実は自分チの台所は、いつも洗い物でいっぱい・・・なんてコト、あるじゃない?!

寅さんは、いつも人の面倒ばかり見ていて
最後には必ず妹のさくらに「お兄ちゃんは、それでいいの?」って聞かれて
プイッと旅に出ていく。

映画なら、それも哀愁・・・として受け止められるけど
現実に寅さんみたいな人がいたら、身内はたまったモンじゃない。

やっぱり・・・まず、自分なんだよな。

自分がシッカリしてないと、人をすたけるどころか、身近な人に迷惑がかかっちゃうし
分不相応に気持ちだけで手をさしのべたつもりでいても
最後まで面倒はみられない。

自分が借金してまで、困った人に金を出す気持ちがあればスゴイと思うけど・・・
やっぱり身内はたまったモンじゃない。

その時の気持ちが、いくら本気でも・・・
本気を続けられるだけの力がないと・・・嘘つきにされてしまいかねない。

他人に対して「こうすべきだ」と思ったら
まず自分が、そうすべき。
それがキチンとできていれば、余計なことは何も言わなくたって・・・
子供だって真似するよ。

そんなコト言ってたら・・・何も言えなくなっちゃう。
もし、そう思う人がいたとしたら・・・かなり台所に洗い物がたまってない?

自分チの洗い物をためずに、人んチや近所の公園の掃除ができるようになったら・・・
その時には、今までの自分とは違う無理のないやり方が身についているはずだ。

できない理由を先に言ったら・・・
やろうとしていたことだって、
やがて同じ言い訳のパターンで中途半端に終わることになっちゃう。

ある時、グッと我慢して自分に力をつけないと・・・
いつも同じところで失敗する。
新しい力がついた時・・・今まで思いもよらなかった方法が見えてくるモンだ。

そういえば今日は七夕か・・・
彦星が同じところで待ってないで、別な方法を考えられれば
毎日だって織姫に逢えるのにな。

そんなの夢のない話だけど・・・我々が生きているのは「現実」の中だから、ね。


参考資料:主婦の話