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Episode No.687(20001108):飛ぶために羽を休めよ

「チームワークは欠かせない。
 チームワークがあってこそ、責任をなすりつけられる」

・・・っていう、マーフィーの法則があるけど。
最近、組織や集団について、いろいろと思うコトがある。

同じ目的を持った集団を仲間と呼んだりもするけれど・・・
はたして、本当に違う人間同士が同じ目的を持つなんてコトができるのだろうか?

広くは、人類、国家、大企業・・・
狭くは、家族、夫婦、恋人にいたるまで・・・
本当に同じ目的や理想を持った人間など存在しないと思うんだよね。

別に私が誰かに裏切られたってコトがあって、こんなコトを言ってるわけじゃない。
おかげさまで、私のまわりには良くしてくれる仲間が大勢いる。
長年、家族ぐるみでお付き合いさせていただいている人たちも多い。

でもね・・・
そういう付き合いを長く続けるためには、お互いのコトをよく考えていないとダメだと思うんだ。

裏切られた・・・なんて思うのは
よほど相手が犯罪者でない限り「自分と同じはずだった」という幻想が言わせてるんじゃないかな?!

たとえ同じ目的に向かって進む集団だとしても・・・
何故そういう目的を持ったかのとかいう動機は個々に違うだろう。

金のためという人もいれば・・・昔からやりたかったという人もいる。
やるコトがないから、とりあえずという人もあるだろし・・・
中には、その集団の居心地がいいから、いっしょにいるという人もいるはずだ。

最初はそこコトにみんな気づいていて・・・
ある種の折り合いをつけていっしょにいたはずなのに・・・

違うから、いっしょにいる価値がある。
でも、だんだんそこでしか通用しない常識の中で均一化されてしまう。

やがて「こんなはずじゃなかった」なんて言い出す人もいる。
いわゆるナァナァの典型的パターン。

頼りにできる集団があるのも幸せたけど・・・本当に幸せなのは、頼りにされる自分を持つコト。

ウィルバー・ライトは、あのライト兄弟の兄の方なんだけど・・・
こんな言葉を残している。

「オウムは、おしゃべりは上手だが、飛ぶのは下手だ」

みんなが頼りにするのは・・・飛ぶコトのできる人だけだ。


参考資料:「見るマーフィーの法則」日本マーフィー普及会=編 アスキー出版局=刊
     「カーネギー名言集」ドロシー・カーネギー=編 創元社=刊