Episode No.547(20000529):ああ青春 彼女は男のコトを「お兄ちゃん」と呼んでいた。 2人の付き合いは40年以上にもおよんだ。 若い頃には、仲間同士でよくバカ騒ぎもした。 ある日、お兄ちゃんが「自動車に乗せてやる」というので、喜んだ彼女は助手席に飛び乗ったが・・・。 何メートルも行かないうちに、お兄ちゃんの運転する車は、ほかの車にぶつかった。 早速、運転席を下りたお兄ちゃんは、お得意の口調でぶつけた車の運転手に交渉をはじめた。 後でわかったコトだが・・・お兄ちゃんは運転免許を持っていなかった。 でも、その程度のコトで済む・・・のんびりした時代だった。 仕事場を出たところにあった中華料理屋は、いつも腹をすかした若い仲間たちであふれている。 元気だけは人一倍あったが・・・誰一人、金はない。 彼女は料理が出てくると、すぐに「エビは、ひとり何匹」、「これは、ひとり何個まで」と勘定をする役だ。 そんな時、お兄ちゃんで彼女のそばで、いつもこう言った。 「お嬢さん、いつかね、勘定しないで食べられるように、必ずぼくが稼いで食べさせてあげますよ」 また、同じくそばにいた別の男は、 「いやあ、年をとって、お金がいっぱいあって、勘定しなくてもいいくらいの時に食欲がなかったら、それはつまらないよ。数えながら食べていた方が・・・」 それから40年たっても、いまだに彼女は料理が出てくると、反射的に計算してしまうという。 彼女は何度も、お兄ちゃんにプレゼントをもらった。 たまたま雨宿りをした店で「これいいな」と彼女がつぶやくと、お兄ちゃんは必ず「買ってやるよ」と言った。 靴を買ってもらった時、お兄ちゃんは、似合うとも何とも言わずに、ひたすら「それがいいのか? サイズは大丈夫か?」と心配してくれた。 しかし、何と言っても一番のプレゼントは、毎年正月になると、いっしょに映画を観に行くコトだった。 『男はつらいよ』・・・それは、お兄ちゃんが主演している映画だ。 彼女の名前は、黒柳徹子。 ちなみに「勘定しなくてもいいくらいの時に食欲がなかったら、それはつまらないよ」と言ったのは『大往生』を書いた永六輔。 この時の仲間には、ほかにハナ肇や坂本九、小沢昭一らがいた。 試写会で観たり、自分の家族とも観に行っていたはずの『男はつらいよ』を黒柳徹子を誘って、また劇場に足を運んだ渥美清は・・・。 きっと本当の妹のような彼女が笑うところを見たかったに違いない。
参考資料:「渥美清の伝言」NHK"渥美清の伝言"制作班=編 KTC中央出版=刊
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