Episode No.405(991213):批判する心、見抜く心
子供たちを連れていった遊園地のあまりの汚さと、オトナの居場所のなさに業を煮やしたウォルト・ディズニーが、テーマパークという新しいコンセプトを持った遊園地、ディズニーランドを作り上げたのは有名な話だ。
『白雪姫』ではひと山あてたものの、続いて発表した数多い作品は興行成績こそ決して悪くはなかったが、作品づくりに妥協を許さないディズニーは制作費をかけ過ぎたために、プロダクションの台所は常に火の車。
そんな状況からプロダクション救い、今日もなおエクセレント・カンパニーとして君臨できるようにしたのは、"日銭の稼げる"ディズニーランドの存在があってこそだ。
目の前にあるモノが良くない、あるいはつまらない・・・と思うコトは誰にもよくあるコトだろう。
しかし「ならば自分ならこうする」という強い意志と行動力が持てるかどうかが、成功への分かれ道。
1875年にシカゴで生まれたエドガー・ライス・バローズは1900年、25歳の時に結婚し、3人の子の父親となった。
その頃のバローズは、いくつかの事業をすべて失敗し、セールスマン、カウボーイ、鉄道警官、探鉱者などの職業を転々としていた。
自分が裕福な家庭に育っただけに、自分の子供たちに経済的な苦労をかけることはたまらない屈辱だったに違いない。
転機は35歳の時に訪れた。
その時、働いていた小さな薬屋の広告を載せた雑誌に見ると、連載小説が目についた。
「つまらない。こんなもので金がとれるなら俺がもっとオモシロイものを書いてやる」
こうして一念発起したバローズは早速、作品を編集部へ持ち込むが一作目はボツ。
しかし、二作目はみごとに採用された。
勢いに乗ったバローズがデビューした1912年の秋に発表したのが大ヒット作品となる『類人猿ターザン』である。
映画でも大人気となったターザンだが、今から60年ほど前に本人が息子に送った手紙には、こんな一説があった。
「ターザンを本格的に映像化しようというならアニメーションがベストだ。それもプロダクションはディズニーをおいて他にない」
日本でも12月18日から公開されるディズニーの新作アニメは『ターザン』。
バローズの夢は60年を経た今、みごとに花開くコトになった。