Episode No.3294(20090318)
想像できない孤独

おそらく、その作家の
研ぎ澄まされた観察眼…
時に人間を突き放したような、
同時に
変幻自在に性別を問わず誰にでもなりきる
自分を忘れたかのような感覚は、
孤独な生い立ちに起因しているのだろう。

その作家の名前や代表作は
日本人なら誰もが知っている。

私も知っていたが…
生い立ちを読むのは初めてだった。

この何の文学的な表現もない、
もちろん本人が書いたわけでもない
淡々と綴られている年譜は、
明治32(1899)年に始まる。

生まれは大阪。父は医師。
姉と二人姉弟。

2歳で父と死別。3歳で母と死別。
姉は叔母に、自分は祖父母に預けられる。
7歳で祖母が亡くなり、祖父に育てられる。
10歳で姉と死別。
15歳で祖父も亡くなった。
16歳から学寮生活。
文学のみが自分の心のよりどころとなる。

19歳から通い始めた温泉宿を舞台に
27歳の時、名作が誕生する。

後に彼が仲人を務めた
当時の新進気鋭の作家は、
その作品がもともと長編小説の
草稿の一部であることを知っていた。

そして、こう評した。

「方解石の大きな結晶をどんなに砕いても
 同じ形の小さな結晶に分かれるように、
 川端氏の小説は、小説の長さと構成との関係について
 心を労したりする必要がないのである。」

作家の名前は川端康成。
評したのは三島由紀夫だった。

作品はもちろん「伊豆の踊子」である。

ちなみにノーベル文学賞受賞作品 「雪国」を書いたのは33歳の時。ノーベル賞受賞は69歳の時だ。

川端康成、71歳の時、
三島由紀夫が45歳で割腹自決

その翌々年の昭和47(1972)年4月16日。
川端康成自身も自らの生涯をとじた

孤独が紡ぎ出した数々の名作は
今も多くの人の孤独を癒している。