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Episode No.453(000208):自由の本質

いつもは自宅や事務所にこもって仕事なり、趣味の文筆活動をしているコトが多いんだけれど・・・。

たまに街中へでるとね、正直言って若い連中の格好に驚くコトがある。
ピアスをした男の子や真っ黒な顔に目と口元あたりだけ白く塗りたくった逆タヌキのような女の子たち。

自分らしさを自由に演出したい・・・と言うわりには、どれもこれも同じに見えるのが不思議。

まぁ、具体的な表現手段は異なるとしても、いつの時代にでも、あるコトだとは思うよ。
それを感じるってコトは私がリッパな中年になってきた証拠かもね。

ファッションのコトは若かった昔から、からきし興味がなかったのでサッパリわからないんだけど・・・。
ひとコトで言うと、何か・・・男性は女性らしく、女性は男性らしく・・・。
すごく中性的になってきているような感じがする。

考えようによっては、男性が男性らしく、女性が女性らしくしなくてもいい時ってのは、すごく平和な時だとも思える。
時代がそうだって言うんじゃなくて・・・そういう平和な時期があるんだよね、誰にも。

社会人になれば社会人らしく、結婚すれば夫や妻らしく・・・するコトが求められるワケで。
たとえ、そこまで自由に来られたとしても、親になると、そうはいかない。
親は、やっぱり親らしくないと子供を無事に育てるコトはできない・・・モンな。

子供を持つ以前からの習慣とはいえ・・・。
くわえタバコの両親に抱かれる赤ん坊は、やっぱり可哀想だ。

何も「もっとシッカリしなさい」なんて説教じみたコトを言うつもりもない。
自分だって、その年頃には・・・ねぇ。

でも、やっぱり格好だけだと、やがて簡単にヘコまされてしまうからなぁ。

自由でいるコトは、力のいるコトだからね。
経済的にも・・・精神的にも・・・。
そいつをともなっていないのは、ただの無責任・・・自由なんて大義名分で、本当は楽をしたいだけ。

完璧に楽して生きる方法なんてないからね・・・メシ食ったらクソしたくなっちゃうワケだし。
結局、自由があるとしたら・・・それは不自由さを選ぶ権利でしかないんじゃないかな?!

私の大好きな実業家の
小林一三は、こんなコトを言っている。

「世の中へ出るのは、つまり自分の思うようにならないということを経験するためである」


参考資料:「生きるヒントになる名語録728」轡田隆史=監修 橋本一郎=著 三笠書房=刊

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