Episode No.366(991028):失敗がイヤなら急げ 米ワシントン州シアトルは、カナダとの国境に近い港町だ。 日本との最初の航路を結んだ町だけあって、今なお親日家が多いことでも知られている。 そんな町に、今からちょうど44年前の今日・・・1955年10月28日。 ひとりの男が誕生した。 父親は法律事務所を経営する弁護士。 教師経験のある母親は、銀行家として名を成した裕福な家庭の出身だ。 11歳で男子進学校に進んだ彼は、あのモノに取り憑かれた。 以来、大学に進学してからも、それから離れることはなかった・・・そして今も。 彼が、ちょうど20歳になった時、大学を休学し、社会経験も一切ないまま会社を設立しようとした時。 おカタい両親は、どんなに心配しただろう?! 私としては、そのあたりもコトを本当はもっと知りたかったのだが・・・。 あいにく手元に資料には、そこまでのコトは出ていなかった。 経済力もない若者が、10年間も学校の勉強以外のコトにのめり込むためには、保護者の理解は不可欠だ。 ひょっとしたら11歳からの約10年間、息子が凝っていたモノに、たいした文句を言わなかった両親だろうから、彼が会社を作ると言い出した時にも案外「やりたいのなら、やってみなさい」と理解を示したのかもしれない。 仮に失敗しても、まだまだ充分に取り返しのつく年齢ではあるし・・・。 家の普通より裕福だったし・・・。 ・・・そういうワケで、とにかく彼はハタチで会社を設立した。 その会社名は"マイクロソフト"という。 もちろん、彼の名前はビル・ゲイツ。 今や世界一の大金持ちと言われる彼は、まだやっと44歳になったばかりだ。 日本のビル・ゲイツと言われる2人。 ソフトバンクの孫 正義は2つ下の42歳。 アスキーの西 和彦は、ゲイツと同じ44歳。 3人に共通しているのは年齢層だけでなく、いずれも学生企業から今日、世界に影響をおよぼす企業を作り出したコトだ。 限られた人生の中で・・・"早すぎる"というコトはないのかもしれない。 失敗するのが怖ければコワイほど・・・早くはじめなければ、取り返しのつかないコトになる。
参考資料:「孫 正義/インターネット財閥経営」滝田誠一郎=著 実業之日本社=刊
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