でじたけの「人生日々更新」鯉心

Episode No.5209(20150429)[日記]Diary

鯉心
Admiration

女王との密会は決まって薄暗い沼地だった。

初めて出逢った時、
湖面に光るものを見て、
最初はビニールでも捨ててあるのかと思った。

やがてその光るものが、
泳いでいると知った時、
まるでネッシーでも目撃したかのように心は躍った。

黄金色に輝いた全身、
そして鯉にしては長すぎる胸びれと尾びれ。
まるで巨大な金魚のようだ。

以来、機会あるごとに沼地を訪れ、
一碧湖の女王と勝手名付けた、
その優美な姿を幾度となくカメラに納めた。

かといって女王は、
必ずその場所にいるとは限らない。
何度フラれたことか…

数年通っているうに、
12月頃から3月頃までの
空気が冷え切った頃に
出逢える可能性が高いことを知った。

出逢えた時はずっとその場所を回遊している。
いいかげん帰ろうとすると、
また少し近づいてきて、カメラを向けさせる。

鯉になる前は
名うての銀座のマダムだったのではないか
…と思うほど、すっかり男心を読まれてる。

4月も終わりに近づいた或る日、
ダメ元で密会の場所に足を運んでみた。

案の定、そこにはミズスマシの姿しかなかった。

早々に沼地を後にして、
ウシガエルの声を聞きながら、
久しぶりに池の向こうまで歩いてみることにした。

すると、散歩コースに作られた橋の下に、
光る一団を発見した。

もしや…と思ったが、その中に女王はいた。

橋から湖面までは2メートルを切る近さ。
これまで、これほど近くに女王の姿を見るのは、
1、2度あったかないかの近さだ。

いつもは少しお高くとまって見える女王は、
この場所ではグラビアアイドルよろしく、
目の前で積極的に身をくねらせている。

もちろんシャッターを切りまくった。
動画をたくさん撮ったおかげで、
iPhoneのストレージはとうとう一杯になり、
カメラ機能が使えなくなってしまった。

それでも、女王はすぐそこにいる。
日の光を浴びてキラキラ光っている。
沼地とは違った印象だ。

やがて、これまでとは違う感情に気づいた。

ここまで、あからさまに全身を見せつけられると
…何だか、ありがたみがない。

実に勝手な感情であることはわかっている。
しかし、
夢が現実になったとたん、
夢は夢でなくなってしまった。

散歩コースには年配のカップルや
おばちゃんの集団が結構行き来している。

沼地では、まず滅多に人に会うことなどないのに。

近所のおばちゃんだろう、
鞄の中から鯉のエサを取り出すと
慣れた手つきで池に捲きはじめた。

鯉たちは重なるようにして群がると、
我先にとエサに殺到する。

黒い鯉や白い鯉、
黄金色の鯉も、一匹だけではない。

そして…そこにいるのは女王ではなく、ただの鯉。

池に背中を見せた自分に、
こんなセリフが聞こえてくるような気がした。

 勝手に女王に祭り上げて、
 勝手にガッカリして…。
 あたしゃ何も頼んじゃいない。
 あたしゃ最初から、ただの鯉。

…はい、ごもっとも。

だから…人生、日々更新

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