Episode No.3442(20090907)
例え話の仕方
三島由紀夫・著「レター教室」より

まだ思い出したような夏の陽が
容赦なく照りることも多いが、
暦の上では、とっくに秋。
朝夕は肌寒さを感じることもあるし、
日暮れもすいぶん早くなった。

読書の秋…ですな。

そこで今週は、ようやく読み終わった
三島由紀夫・著『レター教室』の中から
気になった一文を抜き出して
考察してみようと思う。

手紙の形式をとった異色小説…
よって書かれていることは、
あくまでフィクションの世界での言葉だが、
その中には三島特有の
物の見方や皮肉が散りばめられていた。

×  ×  ×

「体中にカビが生えたみたいに憂鬱です」
…『年賀状の中への不吉な手紙』

確かに憂鬱な時というのは、そういう感じだ。
ただ「憂鬱だ」と書くより、
より憂鬱であることが、ひしひしと感じられる。

しかし…
実際に体中にカビが生えたことがある人など
…まずいないだろう。

相手の想像力を刺激して何かを感じさせるというのは、
実に高等なテクニックだと思う。

つまり、伝わっているのは文字や言葉ではなく、
文字や言葉を通じた目に見えない何か、なのだ。

本来、脳の中には
文字や言葉が詰まっているわけではないから
文字や言葉をいかにたくさん並べても、
それだけでストレートに伝わるものなど皆無。

所詮、文字や言葉は
五感に訴える何かを刺激する道具に過ぎない。

例え話に、共通体験や共通認識は不可欠である。

カビを知らない人が
「体中にカビが生えたように」なんて言われても、
まったく何のことだかわからないだろう。

久しぶりに連絡をとった友だち同士なら
近況を話し合っても…
「今の上司があの時の担任に似た感じの奴で」
…と言うだけで話が通じる。

見ず知らずの人や
知り合って間もない人に伝えたいのなら、
誰でも知ってる有名人などに例えて、
「上司は鳩山由紀夫に似た感じで」とか。
あるいは職業に対する一般的なイメージで
「白衣が似合いそうな感じの人で」とか。
もっとひねると、
「大学病院の先生みたいなエリートだけど、
 どういうわけか
 学生時代のバンカラな先輩には頭が上がらない感じ」
…とか、ね。

あたまりひねり過ぎるとわけがわからないが、
想像をふくらませることができれば、
それはそれで、こちらの話に
興味を持たせることができたという意味では成功だ。

伝えたい内容は
自分だけしか知らない特別なことであっても…
それが特別であればあるほど、
一般的に通じる話=常識を知らないことには
言いたいことは伝わらないし、
話を盛り上げることもできないだろう、ね。

そういう点で
話のつまらない人は
経験がつたないのではなく、
ボキャブラリーが少なすぎる場合が多い。

そもそも経験はひとり一人違うものだから、
比較すること自体、意味がないし、
比較できないものなど…何の自慢にもならない。


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