THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行10 7/13


■夫の好意

トイレに起きた妻が台所をのぞき込んだ。

「良樹、おはよう」

「んー」

コーンフレークをかき込みながら良樹が答えた。
いつもの休日ならパジャマのまま降りてくる良樹が、きちんと服を着ているのに気づいた妻が再び声をかける。

「アラ、あんた出かけるの?」

「ちょっとね」

コーンフレークを食べ終わった良樹は食器を流し台に置くと玄関に向かった。
後を追うようにして玄関まで出た母は言った。

「あんまり遅くならないでよ。寒くなるから」

「かあさんも早く風邪治せよ」

良樹はそう言って出かけて行った。

妻が台所へ戻ると懸命に長ネギをきざんでいた宮田が振り向いた。

「どうだ? 熱は」

「おかげさまで、だいぶ楽になりました」

「今、うどん作ってるからな。ネギがいいんだ。風邪には」

妻がまな板をのぞき込むと、そこには山のようにきざまれたネギがあった。

「何人分作ってるんですか?」

「良樹が出かけちゃったからなぁ・・・2人分だ」

「2人分・・・ですか」

夫の好意を思うと妻は、それ以上言葉を続けられなかった。

「まったく良樹ったら、休みの度に出かけちゃって・・・。お金もないクセにいったいどこに行ってるのかしら」

ふと包丁を握る手を止めた宮田が言った。

「まぁ、いいじゃないか・・・そのための休みなんだから」

「でも受験生なんですよ・・・良樹」

「休みの時くらい、のんびりしないと・・・やる気も続かんよ」

電話が鳴った。
受話器に手を伸ばそうとした妻を制止して、宮田が電話に出る。

木下からだった。
夕べの件で話がしたいから会えないか・・・と言う。

「・・・わかった。それじゃあ30分後にウチを出るから」

電話を切った宮田は妻に向かって言った。

「すまんが、俺も出かけることになった。木下のヤツが急いで相談したいことがあるって言うんだ」

「木下さんからでしたの・・・それじゃあ仕方ないわね」

水晶玉の一件以来、妻は木下に好意的だ。

「うどんは作ってから行くから・・・麺はひとり分だけにしとくが、具は全部煮込んでおくから」

まな板の上のネギの山は、さっきからまた2cmほど高くなっていた。


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