THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行10 3/13


■息子の忠告

電車の中でうたた寝をしていた宮田は、隣の若者のひじ鉄を食らって目を覚ました。

若者のベッドホンステレオからはディスコ調の曲がシャカシャカもれている。
やかましいヤツだ・・・と思ったが、うたた寝をして寄りかかってしまったのはこっちが悪い。
仕方なく、軽く会釈して謝ると姿勢を正した。

ところで、ここはどこなんだ?

夜の電車。しかも横浜から川崎の自宅に帰る上り電車とあって車内は比較的空いている。

「次はぁ〜東京! 東京です」

アナウンスの声にドキッとした宮田は思わず立ち上がってしまった。
数少ない乗客の視線が一斉に集まる。

しまった寝過ごした。

幸いまだ電車はある時間だったが、週末のこの時間となると下り電車は朝のラッシュアワー並の混雑だ。
無駄に疲れてヘトヘトになった宮田が自宅に戻ったのは、午前0時に近かった。

静かに玄関のトビラを開ける。
どんなに静かに開けてもサッサッサッサッとスリッパをすべらせる音がして妻が廊下の奥から出てくる・・・はずだが、今夜は珍しくその音がしない。
かわりにバスバスバスと容赦なくスリッパを踏みつける音がして台所から顔をのぞかせたのは息子の良樹だった。

コーヒーが入ったカップを片手にした良樹は、とくに父親を迎えに出たわけではなく、コーヒーを入れて2階の自室に戻る途中だった。

「あ、おかえり」

「お。まだ勉強してるのか?」

「うん、まあ」

革靴を脱ぐと、足の裏から何とも言えぬ熱気が漂った。

「かあさんは、どうした?」

「寝てるよ・・・熱出して」

「熱?! 風邪うつしちゃったなぁ」

ややあわてた宮田が息子のわきを通り抜けて妻がいる寝室に向かおうとした時、良樹が父の腕をグッとつかんだ。

「何だ?」

良樹は、ちょっと首を前に出して父の襟首に顔を近づける。いつの間にか父親と変わらない身長になっていた。
やがて良樹は何かをこらえたような口調で言った。

「・・・とうさん。鏡見てみ」

宮田は寝室の手前を右にまがって洗面所に入ると電気をつけた。
眼鏡をズリ上げながら鏡をのぞき込むと、そこにはクッキリと唇のカタチをした口紅の跡があった。
間違いない、これは木下の愛人セイコに抱きつかれた時についたものだ。

鏡に近づけた顔をやや離すと、後ろに立って手にしたコーヒーをすする良樹の姿が目に入った。

「良樹・・・俺もコーヒーもらう・・・かな」


Next■