THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行9 5/10


■ひとり暮らしの部屋

その日、仕事帰りに三村はひとりでアパートの近くの本屋に立ち寄ることにした。

ひとり暮らし・・・しかも友達もそう多い方ではない三村にとって、読書は唯一の趣味と言える。
とりたてて好きなジャンルがあるというわけでもなく、とりあえず話題になっている本をかたっぱしから読んでいた。

駅前の本屋に入ると、新しい紙とインクの臭いがスーッとする。
本屋に入った瞬間のこの感覚が三村は何となく好きだった。

普段は電車の中吊り広告を見て、話題の本を知るのが常だったが、特別に興味をひく本が見つからなかった時には、本屋の中をグルグルと巡ったあげく雑誌を一冊買って帰る。
今日もそのパターン。

三村が手にした雑誌は本の紹介をしている雑誌『ダ・ヴィンチ』だ。

アパートの鍵を開ける。
ひとり暮らしをはじめた頃は、真っ暗で寒々とした部屋にひとりで帰るのが、ひどくイヤだった時期もあるが、今は都会の雑踏から離れられる唯一の空間として、この部屋がすごく気に入っていた。
それでも会話のない部屋は、いくら可愛らしいぬいぐるみを置いてみても寂しい感じは否めない。

パスタを茹でている間に着替えを済ます。
ミートソースは缶詰だが、味は悪くない。

フォークをクルクルとまわしながら、買ってきた『ダ・ヴィンチ』を見る。
いつものように何の気なしに買ってきた『ダ・ヴィンチ』の表紙には、ドキッとするミダシが踊っていた。

『特集/結婚しないとダメですか? 「愛人」の資格と作法』

パスタを食べ終わってからも、ひたすら食い入るようにページをめくる。

『誰にでも訪れる?!「愛人生活」』・・・王道は「職場の相手に悩みを相談したら」・・・。

三村の脳裏には必然的に宮田の顔が浮かんだ。
頼りがいがあって何でも話せる上司・・・あのドライブ以来、ベッコウの眼鏡をかけている宮田の顔だ。

雑誌には、さまざまなケースの愛人生活が紹介されていた。
お金だけを求める援助交際型。そして、お金は二の次で、とにかく愛を求めてささやかな幸せにひたるケース・・・。

今の自分は、宮田にだけは個人的なことも含めて何でも話せるというという点で、ささやかな幸せにひたっている・・・に違いない。
それじゃあ愛人か? と言えば、それば絶対違う。肉体関係はないのだから・・・でも。

もし、宮田課長といういう状況に陥りそうになったら、私はどうするだろう?
第一、課長は私に対して、そういう魅力を感じることはあるのだろうか・・・?!

自分も断るつもりではいたものの見合い相手の男の方から先に断られて、三村は少しだけプライドが傷ついていた。
プライドと言えるほどのものが自分にあるかどうかはわからないが、少なくとも自分の女としての魅力に、ちょっと自信がなくなっていたことだけは確かだ。

自分に迫ってきた男として柳のことを思い出さないこともなかったが、柳とはまだマトモに話をしたこともないし、それに何といっても今の三村にとっては宮田との思い出・・・宮田の存在が大き過ぎた。

万が一、妻子ある人とそうなったら・・・。
30歳までには結婚して田舎に帰ることになる。東京での今の寂しさを紛らわすことができるなら、それもアリかもしれない・・・と、悪戯心にほんの少しだけそう思ってみたりもした。

『ダ・ヴィンチ』の特集の"愛人だった期間"というアンケート結果は、1年未満が38.8%でトップ。ついで3年未満が23.0%・・・。
三村の20代も残すところ、あと3年ちょっと・・・だ。


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