THE THEATER OF DIGITAKE |
宮田浩一郎■長塚 京三
宮田裕美子■田中 裕子 三村しより■石田ゆり子 |
近所の戸田■藤田弓子 柳 俊雄■柳葉敏郎 岡 崎■イジリー岡田 初老の占い師■関 敬六 以上、作者による勝手な配役 |
■郷愁の道後温泉 もう来るところまで来てしまったんだ・・・このまま躊躇していることもない。 宮田浩一郎の肩を叩いたのは、中年男のスケベ心でもなければ、魅力的な女性からの執拗なまでの誘惑でもなく・・・妻の乱心だった。 もちろん、彼自身にスケベ心がなかったと言えばウソになる。 しかし、それは彼だけでなく男なら誰もが持っているはずの、いわば"健全な"スケベ心であって、それを責められても困る・・・オスとして。 節度ある家庭人として、宮田は頑張ってきたつもりだ。 けれども、彼の頑張りを支える車輪の軸は、すでに歪みかけていた。 軸を失った車輪は、方向性を失ってただ回り続けるだけだ。 温泉といえば道後温泉を思い出すのは、宮田の母方の実家が四国にあったためだ。 夏休みに四国へ行くと、いつもオトナたちに連れられて、道後温泉に行った。 小学校に入るかどうかという子供にとっては海で遊ぶ方がよほど楽しかったが、まるでタイムトンネルを通って大昔に戻ったような道後温泉本館の建物は、幼心にも印象深い。 宮田が、その松山を舞台にした『坊ちゃん』を読んだのは中学に入ってからだ。 せっかく彼が松山に興味を抱き始めた頃には、もう毎年夏休みに四国へ帰る習慣はなくなっていた。 今思えば、ひょっとしたら彼がオトナ料金になったせいで旅行が難しくなったのかもしれない。 とにかく、オトナになったらもう一度、あの道後温泉にゆっくり浸かってみたいと宮田は思い続けていた。 気がつけばオトナどころか、りっぱな中年。 そして、旅行に同伴しているのは、妻ではなく不倫相手の会社の部下・・・三村しよりだ。 さすがに四国まで日帰りはできない。 ここまでついて来たのだから、三村も覚悟のうえ・・・だろう。 宮田は、とにかく旅の途中で眼鏡を落とすことだけには気をつけながら、湯けむりの町をあおぎみた。 「なんだか時代を忘れそうな町並みですね、課長・・・じゃなかったコーちゃん」 宮田の半歩後ろに立った三村が、首をすくめて笑う。 宮田は繰り返し右手で眼鏡がズリ落ちていないことを確認した。さっきから、およそ5秒に一度の割合で確認を怠らない。 確認・・・といえば、宿の確認をしなければ、今夜二人で泊まる重要な宿だ。 いかに幼い頃、何度も来た場所とはいえ、オトナの後ろばかり歩いていたので、道はまったくわからない。 ちょうど、そこへ宮田が進もうとしていた先から白装束のお遍路さんの一団が歩いてきた。 「すいません、ちょっと教えていただきたいんですが・・・」 地面を見つめながら、もくもくと歩いていたお遍路さんが、宮田の呼びかけに顔を上げる。 それは、紛れもなく・・・妻の裕美子だった。 「!」 驚いて勢いよく身を引いた宮田の顔から、眼鏡がスルリと地面に落ちて、レンズは木っ端みじんにはじけ飛んだ。 |
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