THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行6 4/12


■ハートがバイブレーション

家庭人として、課長としての自制心を持ち合わせる宮田ではあったが、同時に携帯電話も肌身離さず持ち歩いていた。

この携帯の番号を知るのは部下の柳・・・そして三村の2人きり。

体育会系の柳から、また飲み会の誘いが来ると面倒だ。でも、ひょっとして三村から甘い誘いがあるかもしれない。
妻にはないしょの携帯電話を宮田が受けられるのは、行き帰りの歩行中と昼休みくらい。
宮田は、その時間になると、三村と柳のことを繰り返し思い出しては、携帯の電源を入れたり切ったりしている。おかげで、ダイアルのボタンは、まだピカピカだというのに、電源のボタンだけ手アカで汚れているほどだ。

ついに宮田の携帯のバイブレーションコールがうなったのは、月曜日の夕方のこと。
宮田が会社が入るビルを一歩踏み出した直後のことだった。

一瞬、柳の顔を思い出してしまった宮田だが、こうなってはもう電話に出るしかない。

「・・・宮田だ」

「よかった! 課長。携帯の電源が入ってて!!」

三村の声だった。思わず宮田もそれに答えた。

「三村クン? ・・・よかった携帯の電源を入れておいて。・・・で? どうかしたかね?」

「課長・・・今、会社の前の歩道にいらっしゃるでしょ?」

「よくわかったね?」

「だって・・・そこから駅の方を見て! わかります? 電話ボックスの中」

見ると受話器を耳に押し当てた三村が小さく手を振っている。

「・・・わかるとも」

宮田は息をのんだ。

「実は、ちょっと個人的なことでご相談したいことがあるんですけど・・・お時間いただけませんか? 社内じゃちょっと話しづらかったんで・・・」

「わ、わかった。もちろん構わんよ」

「ありがとうございます。じゃあ・・・もし、よかったら、この間の牛丼屋さんの前で」

「よし、そこで合流するとしよう。じゃ、後で」

三村は電話ボックスを出ると、そのまま駅の方角へ歩き始めた。
約50mほど遅れて宮田も駅へ向かう。

やっぱり携帯電話をもっててよかった!・・・宮田は、まずそのことに感謝すると、今はもう用なしとなった携帯の電源を忘れずに切った。


Next■