THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行5 6/12


■体育会系コミュニケーション術

「課長!」

机の下の携帯電話に視線を落としていた宮田は、柳の声にあわてた。

「な、な、何? お、柳クン、どうした?」

「ちょっとご相談が」

「相談? あー、鳥越物産の件? それともー、また2000年問題?」

「いや、仕事の件じゃなくて・・・。今夜、お時間ありますか?」

「そりゃあ、1日は24時間あるわけだけど・・・何かね?」

「たまには、どうかな? と、思いまして・・・軽く一杯」

今どき珍しい青年だなと、宮田は思った。
宮田が若い頃には、こういうヤツも大勢いたが、今はプライベートを優先するのが当たり前になっている。
確か、柳は学生時代、ずっと野球部にいたはずだ。体育会系のコミュニケーションは素直でわかりやすい。
誘われて悪い気はしなかったが・・・正直言って、家の様子が心配でもある。

「そうだなぁ・・・せっかくだけど、まだ月曜日だしなぁ」

「だから軽く・・・ね? 三村クンも誘ってますから、たまには課の親睦会ということで」

宮田の胸は高鳴った。

「せっかくだから行くか。ウン、せっかくだからなぁ」

「それじゃあ、待ち合わせは6時に新橋の機関車のところで・・・」

「いっしょに会社を出ればいいじゃないか?」

「ボクはこれから一件まわらなきゃなんないんで・・・」

「そうか・・・じゃ、そうしよう」

「念のため、教えといてくれませんか?」

「何を?」

「課長の携帯電話の番号」

「お、そうか。持ってたんだっけな携帯電話」

宮田は机の下から携帯を取り上げて言った。

「ええと・・・どこ見ればわかるの? この番号?」

「ファンクション押して0・・・ほら、これですよ」

「なるほど〜。私もメモしておこう・・・念のため」

終業時刻が近づいて、やっぱり妻のことが少し気がかりになった宮田は珍しく自宅に電話を入れてみた。

妻の声は思いのほか明るかった。
世理子を中心に盛り上がっている様子だ。電話口からは、久しぶりに良樹の笑い声も聞こえてきた。

これで安心だ。・・・安心して今夜は自分も楽しませてもらおうと宮田は思った。


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