THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行3 6/9


■男の仕事

地を這うように走る木下の愛車が湾岸道路をけって、みなとみらいに到着する頃には、雨はすっかり上がっていた。

ホテルのエントランスにカウンタックが滑り込むと、轟音が周囲にこだまし、まわりにいた人々がいっせいに注目した。

木下は慣れた感じで車をボーイに預けると、降りるよう宮田をうながした。
宮田は懸命にドアを押し開けようとしたが、まったく開かない。
見かねたボーイが外側からガルウィングを持ち上げた。

「あ! 上に開くんだったね」

ボーイに愛想笑いを見せた宮田は、ズンズンとホテルへ入っていく木下の後をあわてて追いかけた。

2人が腰を下ろしたのは、最上階にあるしゃれたラウンジ。
観覧車のネオンを反射する港の景色が一望に見渡せる。

思えば宮田が木下に会ったのは、木下の結婚式以来のことだった。
2まわり近くも歳が離れた奥さんをもらったせいか、木下は若く見える。
子供もまだ6つになったばかり・・・いわゆる"できちゃった結婚"だ。

車中、宮田は木下がインポートのアンテナショップをこの横浜に出す話を聞いた。
このバーで人と待ち合わせをしているが、まだ時間に余裕があったので、宮田を誘った・・・というわけだ。

おしぼりで顔をぬぐった宮田は木下に話しかけた。

「この時間から仕事の打ち合わせとは・・・やっぱり社長となると大変だな」

ウエイターに自分のボトルを出すよう指示した木下は、宮田の方を振り返って笑いながら言った。

「まぁ・・・仕事って言えば仕事だけど・・・男の仕事ってとこかな」

「男の・・・仕事?」

ボトルとグラスがテーブルに置かれた。
木下は何も答えずにニヤニヤしながら、宮田のグラスにバーボンを注いだ。

カチャッとグラスを合わせると、木下はいっきに飲み干した。
空きっ腹にストレートのバーボンは効いたが、その味は決して安物でないと宮田は思った。

車中ではスーパーカーの轟音の中、木下が近況を話した。
今度は宮田が話す番だ。

本当に宮田が話したかったことは、三村のことに違いなかったが、お互いの家庭や仕事の話題の流れから、宮田は、ひとり息子が自分たちの留守中に酒、タバコをやり、しかもガールフレンドまで連れ込んでいたらしいという悩みを話すことにした。

ひととおり宮田の状況説明が終わると、木下はソファーに背中をつけて大笑いした。
その様子をけげんそうに見る宮田に木下は言う。

「悪い、悪い・・・しかし、おまえもそういうことに悩むようになったか?」

確かに言われてみると・・・宮田も幼なじみの言葉に、ちょっと恥ずかしい気持ちがした。
木下はグラスを片手に話を続けた。

「宮、考えてみろよ。俺たちだって似たようなことしてたじゃんか?! そう! おまえが家から一升瓶持ってきて・・・空き家に忍び込んで酒盛りしたのは・・・確か中学の時だぜ」

「そうそう。飲んでる時には大人の気分で楽しかったけど、帰りに酒くささがぬけなくて・・・このままじゃ帰れないから、どうしようと思ったっけ・・・。結局、息止めて自分の部屋まで走り込んでいったけど、フトンに入ってからもドキドキして、なかなか寝られないし、だんだん気持ち悪くなってきちゃうし・・・」

昔話で2人が盛り上がっていると、木下の上着のポケットから電子音が鳴った。携帯電話だ。

「ああ俺だ。・・・そうか、じゃ上がって来いよ。・・・大丈夫、幼なじみがいるだけだから・・・じゃ」

そう応対して木下は、携帯電話をテーブルの上にコトリと置いた。
待ち合わせ相手からの電話だと察した宮田は言った。

「・・・俺、いいのかな?」

「いいさ・・・別に」

「待ち合わせの相手って・・・仕事の関係じゃないのか?」

木下は黙ってグラスを口に当てると、その右手の小指を立てて見せた。
宮田は息を飲んだ。

グラスを置いた木下は、携帯電話を手にとって言う。

「今はいい時代だよな・・・。電話はひとり一台。まさに、テクノロジーは男のためにある・・・って感じか」

木下が握り返す携帯電話をジッと見ていた宮田は、店に客が入ってきた音に気づいた。

まだ、ハタチそこそこのちょっと派手な感じ・・・いかにも木下好みの女性だ。
ちょっと背伸びをして店内を見渡した彼女は、案の定、木下に向かって手を振った。


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