THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行3 4/9


■イッツ・ア・スモール・ワールド

宮田が会社のトイレで、家族のことなどすっかり忘れていた頃・・・その妻は洗濯を終え、家中に掃除機をかけはじめているところだった。

夕べは激論の舞台となった2階のひとり息子の部屋。
机の上をいじるとウルサイので、ここだけはいつも床に掃除機をかけるだけにしている。

ベランダに続く窓を開け放つと、さわやかな秋風が頬をなでた。
ふと、夫と行った温泉宿の記憶が蘇ってくる。

フーッと軽くタメ息をついた妻は、かがみ込んで掃除機のホースを手にした。
スイッチを入れると、ガーッという現実的な音が部屋いっぱいに響いてゆく。

しばらくの間、無心で両手を動かしていると、どこからともなく聞き覚えのあるメロディがしているのに気がついた。
これは確か・・・ディズニーランドで聞いたことのある曲だ。

あれは、息子の良樹が2歳の誕生日の時・・・初めて家族3人で浦安に出かけた。
ベンチでおむつを替えているうちに花火が終わってしまって、くやしい思いをしたのが昨日のことのようだ。

その息子も中学3年生。間もなく義務教育も終えようとしている。
そして・・・親にないしょで、酒やタバコに手を出すようになっているようだ。

窓の外から聞こえてきているものだとばかり思っていた、その電子音はなかなか鳴りやまない。
掃除機のスイッチを切ってみると、この部屋のどこかから流れているようだ。

目覚まし時計? と、思ってベッドの枕元に目をやるが鳴っている様子はない。
ベッドの下??・・・腰をかがめて薄暗いベッドの下をのぞき込むと、音に合わせて点滅している何かがある。

手をのばして拾い上げてみると、それはピンクの携帯電話だった。

良樹は携帯電話など持っているはずはない。実を言えば母ですら、本物の携帯電話を手にするのは、これが初めて。

ディズニーのメロディは鳴りやまない。
いったいどうしていいのかわからなかったが"通話"というボタンがあったので押してみる。
ピッという音がしたとたん、メロディは鳴りやんだ。

「もしもし、クミぃ〜?」

今度は小さなスピーカーから若い女の声がしてきた。電話なんだから当然なのだが・・・。
思い切って話してみる。

「あの〜」

「? 誰あんた? クミはぁ〜?!」

「この電話。クミさんていう方の物なんでしょうか?」

「・・・・」

定まらぬ視線を窓の外に送ると、薄暗い雲がおおいはじめていた。
「洗濯物をとりこまなきゃ」と、とっさに思った母は、同時に「私、なんでこんな時にそうなことを考えているのだろう?」と自問自答しながら、携帯電話の相手からの返事を待った。


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