THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行3 3/9


■しよちゃんの手紙

給湯室から湯気の立つ茶碗をのせたオボンを持って出てきた三村は、そのまま一直線に宮田の席に向かった。
宮田は机の上に広げた資料を懸命にめくりながら、誰かと電話で話している。

コトンと静かに置かれた有田焼の茶碗。
宮田が視線を上げると茶碗から伸びる細い腕の先に三村の笑顔があった。

一瞬、息を飲む宮田。しかし電話は続いている。
ようやく宮田が受話器を置いた時には、三村はフロアのはるか反対側にお茶を運んでいた。

その様子を遠目に見ながら、宮田が愛用の茶碗を持ち上げて口に運ぼうとすると・・・茶碗の下に小さく畳まれた紙がある。

アチッ! それを発見した宮田は思わず茶碗を唇に押しあて過ぎた。

何事もなかったように、そっと茶碗を置く・・・と、すぐさま右手は三村からの手紙とおぼしき小さなメモを包み込んだ。

そのまま、ゆっくりと机の上をすべらせて、端までたぐり寄せると、スクッと立ち上がり、勢い良く右手を自分の太股に押し当てる。

メモを机から離脱させることには成功した。
宮田は、メモをはさんだ右手を太股に押し当てたまま、少々不自然な姿勢でトイレに向かった。

廊下に出ると、宮田の背後から声がかかった。

「お! 宮田くん。ちょうどよかった」

直立姿勢のまま振り返った宮田の前にいたのは専務だった。
隣には見慣れぬ外国人と、その通訳と思える女性がいる。

「専務。何でしょうか?」

「ほれ・・・この間、経営会議でGOサインが出た、SPプロジェクトのスーパーバイザーをお願いするみミスター・クラーク」

通訳の女性が外国人の耳元で早口の英語を話している。
部長が通訳に向かって「うちの資材調達担当の宮田くんです」と言うと、いきなり笑顔を作った外国人は、宮田に右手を差し出した。

「How do you do! Mr.Miyata」

直立したままの宮田は、太股に押し当てていた右手を思い切りスボンにこすりつけるフリをしながら、ポケットの中にメモを移動することを試みた。
太股からゆっくり右手を持ち上げて、メモが落ちないことを確認すると満身の笑みをうかべながら、差し出された外国人の手を両手でつかんで握手した。

「Oh! Thank you!! Thank you!!」

難をのがれた宮田がトイレの個室で三村のメモを開いたのは、それから5分後のことだった。
メモには、几帳面な文字で、こう書かれていた。

『この間はごめんなさい。でも、その眼鏡もカッコイイですよ。しよちゃんより・』

しよちゃん・・・そう、あの日、ボクらはしよちゃんとコーちゃんだった・・・!
宮田はドアをノックの音も無視して、三村のメモを何回も読み返した。


Next■