THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行 9/9


■我が強き妻

あたりはすっかり暮れていたが、湯煙のむこうに、うっすらと山並みが見える。

「ホラ、いいところだろう?! こっちに来てみなさい」

立ち上がった妻は夫とならんで窓の外を見た。

「いいところね」

「だろう?」

ベッコウ眼鏡の宮田は、初めて妻と目を合わせ、そしてつぶやいた。

「・・・君をちょっと驚かせたくてね」

宮田は内心「だまされてくれ」と心で念じた。

妻は夫の顔をマジマジと見ると静かな口調で言った。

「その眼鏡、懐かしいわね・・・、結婚前にしていたやつね」

「あ! そうだったかな? コレ。このベッコウは・・・確かにそうだ、そうに違いない。きっと、そうだ!」

宮田は眼鏡の話題を妙に盛り上げた。

「あの頃はは、ずい分おしゃれだったものね・・・あなた」

妻はクスクス笑った。
それにつられたかのように夫も努めて笑った。

「はっ・はっ・はっ」

やがて再び窓の外に目をやった妻は

「ひさしぶりね、2人きりで旅行するなんて。しかも、こんないいところへ・・・」

「だろう? だろう? きっと、そう言ってくれると思ったよ」

「・・・でも」

「!?」

「どうせなら、もっと若い女の人といっしょの方がよかったんじゃない?!」

「そ、そんなこと・・・ないよ」

宮田のベッコウ眼鏡が少しズリ落ちた。

end.

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