THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行 8/9


■万事休す

幸い妻は自宅にいた。
とにかく予備の眼鏡を持って来てほしいということだけ伝えると電話を切った。

さて、これから妻がここへ着くまでの間、いったい何と言い訳をすればいいのかを考えなくてはならない。
あたりから聞こえて来るのは小川のせせらぎだけ・・・。
しかし、宮田には自分の心臓の高鳴りの方が大きく思えた。

あっという間の2時間だった。

玄関の方から「はい、まい宮田様、こちらでございます」という番頭の声が聞こえてきた。
座布団を枕にゴロンと横たわっていた宮田は、反射的にあわてて姿勢を正すと、座椅子に座り直し、窓の方を向いた。

ついにフスマが開いた。

「あなた」

聞き慣れた声がする。

「お! 来てくれたか。助かった」

部屋の奥に進んだ妻は、早速、予備の眼鏡を取り出すと夫に渡した。
パチンとケースを開き、眼鏡を取り出す。ベッコウでできた眼鏡だ。

ゆっくりと眼鏡をかける。
宮田は、数時間ぶりに物がハッキリと見えたことに喜びを覚えたが、そのままハッキリと妻の顔を見るのには、ためらいがあった。

ガバッと立ち上がった宮田は、そのまま窓の近くまで進んだ。

「おお、よく見える、よく見える。いい景色だな〜」

妻は黙って座ったまま夫の様子を見ている。


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