THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行 7/9


■宮田の観念

三村が駅に向かって去っていってから、しばらくして、宮田は意を決して宿の玄関へと向かった。

車から玄関まで、20mほどの距離を這いつくばるようにしてたどり着くには約10分の時間を要した。

「ごめんください」

よくやく玄関先に立った宮田がそう言うと奥から番頭らしい男の声がした。

「これは、いらっしゃいませ。さ、さ、どうぞ、お上がりください」

宮田は出されたスリッパを両手で確認しながら、慎重に足を踏み出した。
番頭は脇にあるカウンターに入り、宿帳を開きながら言った。

「えーと、お客さまのお名前は?」

「宮田です」

「はい、はい、宮田様、宮田様。ございました。2名様でご予約ですね」

「え、ええ。ちょっと、いろいろあって・・・とりあえず私1人が・・・」

「ああ、もうお一方は遅れてお見えになる? わかりました。じゃあ、すいませんが宮田様、こちらへご記入を・・・」

番頭が顔を上げると、ようやくスリッパを履いて立ち上がった宮田は、カウンターとは反対側にあるタヌキの置物の方を向いていた。

「あの〜宮田様?」

ハッとした宮田は、今度は柱時計の方を見て答えた。

「ああ、すいません」

カウンターから出て、宮田に近づいた番頭は身をかがめて、けげんそうに尋ねる。

「どうか、なされましたか?」

「いや、実は眼鏡を壊してしまいまして・・・」

「それはお困りでしょう?」

「自宅に連絡をして、宅配便で送らせようと思うんですが、川崎からここまでだと・・・明日着きますよね?」

「あ〜、それはちょっと難しいかもしれませんねぇ。ここだと中一日はかかると思いますよ。第一、この時間じゃ、今日の便には乗せられんでしょ? 運が悪いわ」

「弱ったな、明日の便なんてことになったら、ここに着くのが・・・火曜日?! う〜ん」

「でも川崎なら、どなたかにこれから届けてもらっても充分、電車はあるでしょ」

「・・・やはり・・・それしかないか」

観念した宮田は、番頭に手をひかれて、ひょっとしたら三村と一晩を過ごすことになっていたかもしれない部屋へと向かった。
その姿は、まるで死刑台へ歩く死刑囚のようであった。


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