THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行 5/9


■宮田の忘れ物

「ごんめなさい・・・課長」

その場にしゃがみ込む宮田の背後から、三村が声をかける。
そのままの姿勢で宮田はつぶやいた。

「いや・・・いいんだ。ただね・・・」

スクッと立ち上がった宮田は三村の方とは、およそズレた方を向きながら姿勢を正して話しかけた。

「三村クン。キミは運転免許を持っているかね?」

不思議そうな顔つきをした三村は、やがて宮田の正面に回り込んで答えた。

「はい。運転できます」

「よかったぁ。本当によかった。一時はどうなることかと思ったよ。・・・じゃあ行こうか」

そう言うと宮田は崖の方へ向かって歩き出した。

「課長! あぶない!!」

三村は咄嗟に抱きついて宮田を止める。
宮田の片足が崖を越えて、蹴飛ばした小石が落ちていく音がした。

宮田は三村に抱きつかれていることなど意識する余力もなく、小声で言った。

「・・・すまんが、車まで誘導してくれんか」

三村は宮田の指示に従って、車を地図通りに走らせた。

助手席でおぼろげな景色を見ながら、宮田は後悔していた。

今は中学生となった息子が少年野球に熱中している時は、休みになるとよく家族でグランドまで行ったものだ。
試合が終わったグランドで息子と2人、キャッチボールをしていた時に一度ボールが眼鏡に当たって壊れてしまったことがある。
夕暮れ遅くまで時間も忘れてやっていたので、ボールが見えにくくなっていたのだ。

あの時もずい分困ったものだが、そんなことがあってからは、車のグローブボックスには必ず予備の眼鏡を入れることにしていた。

しかし、この車に買い換えた頃から、そうして家族で出かけることも少なくなって・・・予備の眼鏡のことなどすっかり忘れていた。

三村の運転する車は小さな駅を通り過ぎ・・・宮田が予約した宿が見えてきた。


Next■