THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行 4/9


■絶景のワナ

コーちゃんとしよちゃんを乗せたマークIIは、高速を降りた。
ドライブインで昼食をとる頃には、コーちゃんとしよちゃんという呼び名にもすっかり抵抗がなくなっていた。

車は一路、宮田が運良く予約した温泉宿に向かって、山道を走り続けた。

三村は、宮田に行き先を問おうとはしない。
ひたすら秋の風を楽しんでいる様子だ。
宮田は、それをいつ聞かれるかと内心ドキドキしていた。

尋ねられれば答えないわけにはいかない。
その答え方によっては、せっかく楽しい今のムードが台無しになってしまう恐れがある。
できれば自然な流れで、ソコまでたどり着けばいい・・・そう思っていた。

「コーちゃん、止めて!」

三村の声にドキリとして、宮田はブレーキをふんだ。

「ど、どうしたの? し、しよちゃん?!」

三村は止まるやいなや、車を飛び出した。

「ねぇ見て! ここ、すっごぉ〜く、いい景色!! こっち、こっち」

宮田は、ズリ下がった銀ブチ眼鏡を上げるとドアを開けた。
車も滅多に走らない静かな山道。
深く覆いしげった緑が開けて、そこからは、はるか彼方の山々が見渡せた。

「すっごぉ〜い。まるで雲の上にいるみた〜い」

三村は、そういって空に向かって大きく深呼吸した。

そんな彼女の後ろ姿を見て「来てよかった」と宮田は上司として思った。
次の瞬間、伸び上がった彼女の背中が上着の裾からチラリと見えた時、宮田は「今日はコーちゃんで行こう」と心に決めた。

「コーちゃんもこっちに来て、深呼吸してみなさいよ! 」

彼女の方まで近づいてみると、そこは断崖絶壁だった。
下の方は木々に覆われて見えないが、ゆうに20m、いや30mくらいはありそうだ。

「何だか怖いことろだな」

「大丈夫よ、空の方を見てればいいの! さぁ、深呼吸、深呼吸」

宮田は三村に言われるがまま思いっきり息を吸いこんだ。
すると、宮田の鼻の穴からピュ〜ッというマヌケな音がした。

「いゃだぁ」

そう言って三村は宮田の背中をポンと叩いた。
ほんの軽く叩かれただけだったが、ここが断崖絶壁の上だということに過剰反応した宮田は必要以上に驚いてしまった。

「おーっ!」

落ちる心配など、まったくなかったが、そのリアクションの大きさに宮田の銀ブチ眼鏡は宙を舞い、はるか崖の下に消えていった。


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