THE THEATER OF DIGITAKE
初めての不旅行 2/9


■しよりの涙

宮田浩一郎と三村しよりは、上司と部下の関係だ。

宮田が取り仕切る課には、4人の女性社員がいるが、マジメに仕事をするという点で、宮田は三村を評価していた。
仕事に厳しい宮田は、私用で残業を断る社員が大キライだ。
その点、三村はほかの3人と違い、実にけなげに仕事をする。

都会育ちのほかの3人の女性から見れば、地方出身の三村は、遊びを知らない田舎者のように思われていた。
表面上は親しくつき合っているように見えて、実際はほかの3人と三村の間には、目に見えない境界線が敷かれているのは、課の誰もが知ることろだ。

話は一週間ほど前にさかのぼる。

給湯室での、ほんの些細な出来事から、それまで目に見えなかった三村とほかの3人の境界線が、ハッキリと表面化するようになってしまった。

その日もひとり残業をしていた三村は、遅くに取引先から戻った宮田に相談をもちかけた。

「課長。私、お仕事は好きなんですけど・・・会社辞めたい」

仕事に打ち込むことで、かろうじて緊張感を保っていた三村は涙をあふれさせた。

「君に辞められては、社としても損失だよ。第一、この景気が厳しい中、辞めてどうする?」

「とにかく田舎に帰りたいんです」

「田舎は確か・・・青森だったね。もともと地元での就職先が見つからなくて、東京にとどまることにしたんではなかったかな?」

三村は、ひたすらうつむいている。

「まぁ、これだけ一生懸命仕事をしてるんだ。ストレスがたまることもある・・・どうだね? ボーイフレンドとドライブでもして、秋の紅葉でも楽しんできては?」

「紅葉・・・いいですねぇ。そういえば田舎ではいつも山を見ては気晴らししてました」

そう言って、一瞬元気をとりもどしたように見えた三村だったが

「でも・・・私、彼氏いなてんです」

と言って、さらに深くうつむいたしまった。

普段、仕事上のいかなるトラブルにも器用に立ち回って確実に段取りをつける宮田は、社内で別名"ダンドリー宮田"と呼ばれていた。
だが、その"ダンドリー宮田"にも、この沈黙をどう回避していいやら・・・検討がつかない。

「よし、わかった! ボクが連れていってあげよう」

思わず、こう言った宮田は、なおもうつむいている三村を見て、硬直した。
が、ハンカチを鼻にあてながら、ようやく宮田の方を見た三村の目が笑っているのを確認して、ホッと胸をなでおろした。

「課長! きっとですよ。今度の土曜日」

「あ・・・ああ、もちろん。だから頑張って仕事しなさい」

「はい」

そう言って、三村は宮田に小指を差し出した。

「約束」

宮田は、周囲に誰もいないことを確認しながら、三村と小指をからませた。
こんなにドキドキしたのは宮田にとって四半世紀以上ぶり・・・かもしれない。


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