THE THEATER OF DIGITAKE
車掌熱唱 8/8


■克服

乗務員室の前に立たされた田所が、イケナイ雰囲気を感じとったのは、それから間もなくのことだった。

中から聞こえていた女の笑い声が、やがて妙に色っぽい声に変わってきた。
思わずドアに耳をつける田所。
聞こえてくるのは、間違いなく女のあえぎ声だ。

こんなところで・・・とノブに手をかけた田所だが、ガラリと開いた向こう側で行われているであろう行為を目の当たりにしたら、きっと言葉も出ずに、またドアをピシャリと閉めることになるに違いない。

しかし、このまま放ってもおけない。
とにかく曇りガラスをノックしてみる。

「あの〜、何してるんですか?」

田所は我ながらバカな質問だと思った。しかし、これしか出てこなかった。

「アア〜ん」

返事の変わりに聞こえてきたのは、一層激しさを増す、女のあえぎ声だけだ。
さらにノックを続けた田所は叫んだ。

「ちょっとぉ、困ります! こんなところで!! もうすぐ駅に着きますから! お客さんがたくさん通るんですよ」

「うるせーな!」

室内から大男の声が聞こえてきた。

「気づかれて困るんだったら、気づかれないように、オマエ、そこで歌でも歌ってろ!!」

「アア〜ん!!」

電車はホームにすべり込んだ。
田所の顔は、耳まで赤くなっているのを感じた。

「お客さん! お客さん、どちらまで行かれるんですかぁ?!!」

息の荒い大男は答えた。

「イクまで行くサ!」

それから終点までの間、田所は乗務員室の前で大声で知っている限りの歌を歌い続けた。

それからスッカリ度胸がついたのか・・・。
その年の年末恒例のイトコ会では、得意顔でカラオケを歌いまくる田所の姿があった。

end.

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