THE THEATER OF DIGITAKE
車掌熱唱 5/8


■涙の決断

田所の車掌帽は、すでに吹き出してくる汗をくい止める限界点にきていた。
にじみ出た汗は額をつたい、目に入った。
目を真っ赤にした田所は、意を決して老夫婦に言った。

「大変申し訳ございませんが、只今の時間は、あらかじめグリーン券をお持ちでないとお座りになれませんので・・・」

年老いた妻は、静かにこう答えた。

「ごらんの通り、足を悪くしているもので・・・。ひとりだけでも座らせていただけませんか?」

田所は、こみ上げるものを押さえながら、サッと帽子をとって、深く頭を下げた。

「申し訳ございません!」

グッと両目を閉じてうつむく田所の耳に老夫婦の夫の声が聞こえてきた。

「仕方ない。立とう、バアさん」

松葉杖がガチャンと音を立てて床に倒れた。
ハッとなった田所は、老人に手を差しのべようとした。
白いヒゲをたくわえた老人は、その手をサッとはらいのけた。
田所の目に入った汗は、そのまま目からあふれ出し頬をつたった。

その直後、車両の大きな揺れに耐えかねて、老人は妻の肩に手をついた。
田所は、こらえきれずに言った。

「あちらに乗務員室がございます。よろしかったら、ご用の駅までその中でお休みください。・・・お願いです」

老夫婦は田所が言った最後の「お願いです」という言葉を聞いて、顔を見合わせた。

田所の背後には、あの大男が迫っていた。


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