THE THEATER OF DIGITAKE 車掌熱唱 4/8 |
■運命のいたずら 田所は懸命に作り笑顔をとりもどしながら、続きの検札を進めた。 これまでのところ、グリンーン券を持たずに座席に掛けている客はひとりもいない。 残り3列・・・。なんとか2人、いや1人でもグリーン券を持っていない客がいることを祈りつつ、検札を進めたが、こういう時に限って、みんなグリーン券を持っている。 最後の1列になった。 左側の客がグリーン券を持っていることを確認して、祈るように反対側を見る。 そこには、老夫婦が掛けていた。ちょうど田所の両親と同じ年代だ。 田所の母親も生きていれば、このくらいにはなっているだろう。 しかも、見れば夫の方は座席のわきに松葉杖を立てかけている。 田所には、ますます、その老夫婦と自分の両親がオーバーラップしてきていた。 「キップを拝見いたします」 田所が恐れていたことが起きてしまった。 グリーン券を所持せずに座席に掛けていたのは、この老夫婦だけだった。 本来なら「この時間帯はあらかじめグリーン券をお持ちでないと・・・」とスラスラと説明できる田所であったが、電車の振動にカタカタと揺れる松葉杖を目前に、まったく言葉を失ってしまった。 さっきの駅を出て、普通車両は今や、すし詰め状態だ。 次の駅までは、まだ大分間がある。 そんな沈黙をやぶったのは、またしてもあの女の声だった。 「まだ座れないの〜、アタシもう足がつかれちゃった〜」 あんなに背の高い不安定なサンダルを履いてりゃ当たり前だろう・・・と田所は思ったが、老夫婦を前に、なかなか次の動作に移れない。どうすればいいんだ?? 「オイ! 車掌!! 何モタモタやってんだよ!」 大男の声にピンと伸びた背筋にツーッと汗がつたっていくのを田所は感じた。 |