THE THEATER OF DIGITAKE
車掌熱唱 3/8


■コトのはじまり

グリーン車の乗客を前に、帽子をとって深々と頭を下げる。

「ご面倒さまでございますが、キップを拝見いたします」

さすがにラッシュ時だけあって、満席だ。

田所はグリーン車の乗客が好きだった。
さすがに高いグリーン券を購入できるだけあって、たいていは歳のいった紳士淑女ぞろい。
さっきのようなワケのわからない若者など、まずいない。
グリーン車に近いホームのキオスクでは日本経済新聞がよく売れるというのもうなづける。

検札を進めていくと、とくにこの時間には高額なグリーン車の定期券を持っている人も少なくない。
そんな定期を見せられると心底「ありがとうございました」と言ってしまう。
この車両に来ると田所は、まるで自分がホテルマンになったような気さえする。

車両を中程まで検札したところで、次の駅に着いてしまった。
予定ではこの車両の検札を終えているはずなのに。
さっきの若造のせいだ・・・と田所は思った。

ホームにすべり込む電車の窓から、田所は一見ヤクザ風の男が立っているのを横目に見た。
わけのわからない若者以上に、田所が苦手とするタイプの客だ。

まぁ、この車両に乗ってきて、かかわり合うこともないだろう。
そう思いながら、田所は検札を進めた。

すると後ろから女の声が聞こえた。

「なによ〜いっぱいじゃない? 信じらんな〜い!」

見ると派手な服にカカトの高いサンダルを履いた金髪の女がふくれている。
その女の後ろには、あろうことか、さっき横目で見た、あのヤクザ風の男が立っている。
白いジャケットに真っ赤なシャツ。夕方だと言うのに真っ黒なサングラスをかけた一見ヤクザ風の大男は、見れば見るほどヤクザに違いなかった。

田所は、何事もなかったかのように検札を進めた。
が、その作業は大男の怒鳴り声で中断を余儀なくされる。

「オイ! 車掌!! グリーン券買って来たのに座れねぇたぁ、どういうコトだ?!」

田所は少々うわずった声で答えた。

「申し訳ございません。大変混み合う時間帯なもので・・・」

女をよけて、田所のもとにズンズンと歩いて来た大男は言う。

「なんだとぉ? グリーン券、売りつけといて座れねぇなんて、まるでサギじゃねぇか」

「で、ですから、もしグリーン券をお持ちでないお客さまがお座りになっていた場合には、かわっていただきますから」

大男は、田所をキッとにらみつけながら

「必ずだぞ! さっさと検札しろ!!」

と言い放った。サングラスをはずした男の顔には、マユゲがなかった。


Next■