THE THEATER OF DIGITAKE
車掌熱唱 2/8


■指さし確認

電車は定刻通り、次の駅を出た。

首に検札用の端末を下げ、帽子を深くかぶると、田所はやや引き締まった顔つきになった。
この道24年。もうこれ以上の出世は望めないかもしれないが、彼はこの仕事が好きだったし、プライドを持っていた。

さて、乗務員室を出ようと、ドアのノブに手をかけると、なかなか開かない。
どうやらドアのすぐ外まで客がすし詰め状態になっているようだ。
ようやくドアを開くと、そこにはヘッドホンステレオをした若者が座り込んでいるだけで、それほどの混雑ではない。

若者は田所の方を振り返り、けげんそうな目つきでにらむと、また何事もなかったように背中をまるめた。
その態度に、ちょっとムカっときた田所は、背筋を伸ばして言った。

「キップを拝見いたします」

若者の耳元からはロックがシャカシャカもれている。まるで聞こえていないようだ。
田所は若者の肩をかるく叩いて再び言った。

「キップを拝見いたします」

ようやく振り返った若者は、耳からヘッドホンをはずし

「何だよ?」

と口をとがらせた。
田所は、何度も同じコト言わせやがって・・・と心の底では思いつつも、プロの笑顔を見せながら

「キップを拝見いたします」

と三度言った。
若者は鎖のついた定期入れを田所の目の前につき出した。
案の定・・・と田所は思った。

「グリーン券は?」

「ないよ」

「ないよって・・・あのね、ここはグリーン車内だから、グリーン券が必要なんです」

「だって席に座ってるわけじゃねぇだろ」

「連結部分でもね、グリーン車って書いてあるでしょ、ホラ。だからグリーン券がないと、ここもダメなんです」

田所と若者が、そんなやりとりをしているのを見て、あたりに立っていた数人の客が、そそくさと普通車両の方へ移って行った。
若者は、なおも食い下がる。

「ケチくせぇな。向こうは混んでてしゃがむ場所がねぇんだよ」

田所の口調が少しキツくなった。

「だったら立ってればいいでしょ。みんなそうしてるんだから。何で床に座るの? とにかく規則だからね。ダメだよここは」

若者は舌打ちしながら、グリーン車と普通車の間を仕切るドアを開け放ったまま普通車両へ移って行った。

田所は、ゆっくりとそのドアを閉めながら「よーし!」と心の中で指さし確認を行った。
職務に忠実であること・・・それが田所のプライドを支えていた。


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