THE THEATER OF DIGITAKE
ハルヲの決心 4/5


■ハルヲの良心

まずは、うまくいった。
しかし、ここまできてハルヲに不安がよぎった。

もし、あの錠剤が後でマーブルチョコだと知れたら、すぐに捕まってしまう。証拠になるような物は、やっぱり渡すべきではなかった。
最も、後であの2人が気づいたところで、自分たちがそんな馬鹿なコトで騙されたのを知られたくはないだろうから、訴えるまではいくまい。まして、わけのわからない異国の警察になんか・・・。

それと、もうひとつ。
いいかげん長い時間、こうして白衣姿でいると、いかに往来の多い空港のロビーとはいえ、周囲の目が気になってくる。

とりあえず、白衣をしまい込んだハルヲは、白衣がない分、相手に説得力を与えるための第二作戦にきりかえることにした。
証拠が残るマーブルチョコを使うのではなく、その場で注射器を打つ作戦だ。

農業高校出身のハルヲは、牛やブタになら注射を打ったことがある。
あれだけ暴れる動物に注射が打てたのだから、ジッとしている人間に打てないはずはない。
東京に出てきてからしばらくして、かたよった食事のために栄養失調を起こしたことがあった。
あの時、診察室で打たれていた点滴がはずれたのを自分で直せた経験からしても、人間に注射をするのは決して難しくないはずだ。

到着ロビーから日本人客の姿がパタリとやんでしまった。
ベンチに腰掛けながら、しばらくボーッとしていたハルヲは、またさっき金をとった2人のことを思い出していた。

あの2人が、あのまま自分の話を信用してマーブルチョコを飲んだら、きっと勇んで女を買いに行くことだろう。
もし、本当にエイズにかかってしまったら・・・。
消化器販売でもかなりあくどいことはやったが、消化器は一応本物だったから、万が一のことがあっても火は消せる。しかし、マーブルチョコでエイズは絶対に防げない。

傾きかけた南国の陽がロビーを赤く染めはじめた。
それは、東京ではもちろん、ハルヲの田舎でも見ることのできない、みごとな赤さだった。

帰ろう・・・。そうハルヲは思った。
しかし、日本はあまりに遠い。今のハルヲを所持金では、日本に帰ってアパートを整理し、田舎まで戻るには足りな過ぎる。さっきの6万円をあわせても。

帰ろう・・・もう1人だけ騙したら帰ろう。
ハルヲが、そう思い返した時、ひとりの日本人客が到着ロビーを横切ろうとしていた。男だ。


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