THE THEATER OF DIGITAKE
100円ライター 4/4


■腹心の部下

数日後。

午前中の部内ミーティングでは、新しく導入されるパソコンによる経理システムの説明会が行われた。
これまで幾度となく行われていた説明会ではあるが、説明が進めば進むほど、男には内容が理解できなくなっていた。

「えーと、そのファイルは・・・」

モタついている男の後ろから今年入ってきたばかりの新人が声をかけた。

「それはいつも使うファイルですからね。ショートカットを作っておくと便利ですよ」

「ああ、そうね。ショートカット、ショートカット・・・はと」

新人は男からマウスを奪うと、すばやく操作してニコリとした。
男もつられてニコリとしたが心情はおだやかではない。

そうやって早くやるから、何やってんだがわからないんじゃないか! 教えてくれるつもりなら、もっとゆっくりやってくれればいいのに。

だが、ウインドウ内の操作はともかく、男にとって一番不思議だったのは、手慣れた人間がやると、マウスがほとんど動いているように見えないこと。男が動かすと、いつもマウスパッドからはずれてしまう。

まぁ、いい。俺はすぐに専務の腹心の部下になるんだから。

午後になって専務からの呼び出しがあった。
取締役室に向かう男の足取りは軽い。

「お呼びでしょうか?」

「・・・まぁ、掛けたまえ」

男は言われるがまま応接用のソファーに腰を下ろした。
部屋の中は、この間来た時とはうって変わって整頓されている。
そして、専務の机の上には真新しいパソコンが鎮座していた。

「専務もパソコンを・・・?」

男は思わずそう言ってしまった。

「うむ。新しく導入するシステムを管理するために必要でな。・・・今回のシステム導入は金がかかったが、おかげで書類の整理もいっぺんについたよ」

男の額に冷や汗がにじんだ。

「今日キミを呼んだのはほかでもない。この間のキミの話は実に参考になったよ。そこで、キミを腹心の部下と見込んで頼みたいのだが・・・」

男の緊張がやや和らいだ。
専務はタバコケースに手をのばす。

それを見た男は、あわてて上着のポケットから100円ライターを出そうとしたが、あの日、専務の部屋に置いていってしまってからは、まだ買っていない。
ポケットからは喫茶店のマッチが出てきたが、箱を開こうとしている時には、専務は卓上にあった大理石のライターですでに火を付けていた。


話が終わって、男は廊下に出てきた。
しばらく、その場に立ちすくんでいたが、やがて重い足取りで歩き出す。

子会社への出向が決まった。

男はこの間ここに呼ばれた時に自分が力説した内容を思い出した。
そして何より、あの時に使いかけの100円ライターを置いて行ったことを後悔した。

せめて200円の電子式ライターにしておけばよかった・・・と。

end.

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