THE THEATER OF DIGITAKE
100円ライター 3/4


■公団住宅

「あなたがビールなんて言い出すの珍しいじゃない」

男の女房は冷め切っていた夕食を暖め直しながら背中越しに言った。
ランニング姿ですっかりくつろいだ姿の男は食器棚をのぞき込んでいる。

「コップ、コップ・・・。まったく整理が悪いなウチは!」

「コップなら、ここよ」

女房は洗い上げた食器を入れておくケースから、ひょいとコップを取り出した。

「どうして、キチンとここに並べておかないんだ」

「だってぇ、ここに置いておいた方が使いいいのよ」

「そういうことだからオマエはパートの時給が上がらないんだよ」

「あなただって・・・」

「その先は言うな」

男は泡だらけのビールをなめるように一杯飲み干すと

「その先は言わせないぞ、今日は」

と得意げに言った。

テーブルにアジフライを並べながら、きょとんとした表情で女房は男の顔をのぞき込んだ。
アジフライから細かな骨を一本ずつ抜き始めた男は、専務に呼ばれて相談を受けた話を女房にする。

「結局なぁ、日々の努力というものは、こうして実を結ぶものなんだよ」

「部屋のかたづけだけの話じゃないの?」

「わかってないなぁ、オマエは。専務直々の頼みだぞ。それも専務の重要書類を扱うんだ。・・・これで俺も腹心の部下と言われるようになる」

男はすべての骨を抜き終わったアジフライをいつものように三等分に分ける。

「あなたの夢ですものねぇ・・・腹心の部下。これでパソコンの勉強もしなくて済むわね」

「当然だ。若いモンにやらせときゃいいんだ、あんなモン。やっぱり腹心の部下は上司の心がわかる者でないと・・・。パソコンに心があるか!」

三等分に分けたアジフライをいつものように三口で食べ終わった男は、手酌でビールを注ぐと、イッキに飲み干した。


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